「果たし状が届いたわ」
 とある日の、朝の定例会議で、ゆりが淡々とそう告げた。
 戦線メンバーが注目する中、元校長のものであった木造の机に肘をかけて座っていたゆりが、片手をあげてそれを掲げた。
 毛筆で「果たし状」と書かれたそれは、雰囲気だけは本格的である。しかし、わざわざ戦線メンバーに対して果たし状を送ってくるなんて、どこのどいつだ。
 ゆりに対して恨みを持っている運動部のどこかか、校長室を不法占拠していることを根に持った校長、あるいは教師の誰かか、はたまた、学園の地下に潜んでいるという、超武闘派集団の裏生徒会なるものか……。なんて、普通ならそんな憶測が飛び交うものだが、ここは普通の世界ではない、死語の世界だ。
 周りの一般生徒達はNPCと呼ばれ、人の姿形をしてはいるが魂のない存在であり、RPGでいうところの村人と同じようなものらしい。だから、果たし状なんてイレギュラーなことを思いつくとしたら、それは一般生徒ではない俺たち人間か、一般生徒でも俺達戦線メンバーでもない他の誰かということになる。考えられるとしたら、あいつしかいないだろう。生徒会長の座に君臨する、俺達が天使と称している存在――立華かなでだ。
 「半分正解ね。正確には、生徒会副会長からよ」
 その言葉で、メンバー達がどよめく。生徒会副会長? なんでまた。
 「さぁね。その答えはこの中に書かれているんでしょ」
 ゆりはくだらなさそうにそう言うと、果たし状を開き始める。えーと、なになに……。とつぶやき、ゆりが文面を読み上げる。
 『拝啓、死んだのはお前のせいだ戦線。あいかわらず好き勝手やっているようだな。何がしたいのかさっぱり分からんが、別に貴様らがどうこうしようと、我々生徒会は大して重要視していないことを自覚しておけ。いやむしろ眼中になどない。虫けらは虫けららしく仲良く巣でも作っていろこの蜂軍団め。さて、本題に入ろう。前回の球技大会では、我々生徒会の活躍に大いに貢献してくれて感謝する。一般生徒からの支持も増すことになり、野球部の士気も上がった。いい噛ませ犬っぷりだったぞ、この三流役者戦線め。だが、前回の勝敗は一点差という僅差のものだった。それでは我が生徒会長は納得がいかないらしく、仕方が無く、優秀な生徒会副会長であるこの直井文人様が生徒会長をうまく丸め込み……もとい手助けをし、生徒会長権限で再び球技大会を行うこととなった。開催は翌日。参加登録は本日十八時までだが、どうせ貴様らはまたゲリラ参戦してくるのだろう。やるなら好きにするがいい。だが、ゲリラ参戦などという校内の風紀を乱すような事をしてくるのなら、再び我ら生徒会チームが粛正しにかかるから覚悟しておけ、このサヨナラ負け戦線め。敬具』
 読み上げた後、ゆりがぷるぷると拳を振るわせ、
 「なるほど……ようするに泣かされたいわけね……。参加するわよ。このあたしにケンカ売ってきたことを後悔させてやるわっ!」
 ゆりが立ち上がり、手中で握りつぶされた果たし状を床にたたきつけた。
 「ちょっと待てよ、ゆりっぺ。なんかあからさますぎて、きな臭くねぇか? 何か裏があるんじゃないか」
 「知らないわよ。こんな言い方されて、黙ってろっての、あぁん!?」
 忠告した日向に対して、ゆりがにらみをきかせる。どうやら、本気でキレているようだ。
 「落ち着けよゆりっぺ。……と、まだなんか書いてあるみたいだぜ」
 藤巻がそう言い、握りつぶされた手紙を拾いあげる。眉をしかめながら、藤巻が文面を読む。
 「えーと、『追伸。今回は九回まで試合を行うつもりはない。コールドゲームだ。完膚無きまでに叩き潰してやる』……だとぉ!?」
 藤巻も怒りを顕わにし、「完全に俺達をなめてやがるな……ここまで言われちゃ、黙っておけねぇぜ! なぁ、ゆりっぺ」と叫ぶ。
 「そうね。むしろこっちがコールドゲームで叩き潰してやるわ。いい? あなたたち。今回は負けは許されないわ。なんとしても生徒会のバカ共を泣きっ面にしてやりなさい!」
 ばん! と机を叩いて、ゆりが指令を下す。これがまだ白兵戦ののろしなら分かるのだが、球技大会への意気込みとはなぁ……。なんて言おうものなら、ゆりに搾られかねないので黙っておくことにする。
 丁寧なのか、喧嘩を売っているのかよく分からない文面だが、要するに前回の球技大会で僅差まで追い込まれた事が余程頭にきているのだろう。なんてプライドの高い連中だ。
 しかし、事の発端が生徒会長の立華だと言うのだから、以外な話だ。まだ数えられるほどしか話した事がないが、そういう事に固執する性格ではないような気もするし。
 だが発端がどうであれ、生徒会長命令で出された生徒会副会長からの果たし状で、戦線メンバーに火が点いたのは事実だ。また面倒な事にならなけりゃいいが……。
 ゆりが作戦を話す中、戦線では頭が良さそうな(実はアホらしい)高松が意見を述べる。
 「前回、我々は戦線のメンバーをいくつかのグループに分けて戦いましたが、敗北に喫しました。なので、今回は私たちが一チームとして戦ってはいかがでしょうか」
 「確かに、前回はどのチームにも穴があったからな。それを全メンバーで埋めれば、勝てるかもしれん」
 高松の意見に、松下五段が同意する。
 「それはおもしろそうだね。野球ゲームでいう、オールスターチームだよ!」
 大山が嬉しそうに言う。そう簡単にいくもんかね。確かにその意見には同意だが。
 「じゃあそうしようぜ。名前は、そうだな……戦線連合なんてのはどうだ?」
 藤巻がそう提案し、大山や松下五段から同意の声があがる。
 「戦線連合ですか……。名前だけでもすごみがありますね。それでいきましょう」と、高松が人差し指で眼鏡を上げながら言い、
 「結束のallied nations...」と、TKが指を鳴らしながら呟き、椎名が「あさはかなり」とテンプレ通りの呟きを入れる。
 「チーム構成はあなたたちに任せるわ。もちろん今回も競技は野球で、ゲリラ参加よ。向こうもそのつもりなんでしょうから、生徒会チームが邪魔しに入ってくるでしょうね。だから、こっちが三回コールドで勝って、汗と涙が染み渡ったグラウンドの砂をプレゼントしてやりなさい」
 甲子園みたいな夢の舞台じゃないんだから、グラウンドの砂なんて持って帰るやつがいたら、そいつは間違い無く変人だ。
 そうしてゆりが会議を閉めようとする。しかし、そこで声が上がった。
 「待ってくれ。俺も一つ言いたいことがある」
 俺の隣で、日向が手を上げて言う。ゆりが「なによ」と面倒くさそうに聞くと、日向は笑みをこぼし、
 「戦線連合か……。確かにいい名前だ。それなら生徒会チームにも劣らない、いいチームになるだろうな……。けど、俺はパスだ」
 ゆっくりと立ち上がり、日向がそう宣言した。
 「はぁ!? 大の野球好きなお前が何言ってやがる。気は確かかよ、日向」
 驚きを隠せない藤巻。日向は首を上げて、遠い目で空を見つめる。といっても、あるのは黄ばみがかった校長室の天井だ。
 「強いチームで戦うってのは、理想の方法だよな。誰だって甲子園を目指そうとしたら、強豪校に入る。けど、それが正しいなんて誰が決めた? そうじゃないだろ。野球ってのは、力のないチームが結束して、練習して強くなって、団結力で強い敵を倒していくからこそ、勝った時の喜びが何倍、何十倍にもなるんだろ。だから俺は、多くの精鋭から選りすぐりで組まれたチームじゃなくて、一から集めたチームで戦いたいんだ。それが野球ってもんだろ……。そうだよな、音無!」
 グッドサインを出して、日向が俺に微笑みかける。ていうか、俺も入ってんのかよ!
 「わけ分かんねーぜ、日向。俺達のチームは、お前の為に四番を開けてあるんだぜ? どのチームに行っても、間違い無くクリーンナップになるようなやつばかりのチームで、四番を打てるんだ。こんなに燃える展開は他にねーだろ」
 「いいや。一から作ったチームの方が燃えるね。現に、前回はそうして生徒会チームと僅差の試合に持ち込んだ。だから今回も音無と一緒に集めたチームで、勝利を飾って見せるぜ!」
 日向は藤巻の誘いを頑なに断り、自らチームを作ることにこだわり続ける。どうでもいいから、俺を抜きにやってくれ。
 結局、藤巻が折れて、
 「……分かった。そこまで言うならもう何も言わねぇ。けど、途中でぶつかったら俺達は敵同士だ。そん時は容赦なく潰させてもらうぜ」
 「望むところだ。けど、俺達だって一筋縄にはいかねぇぜ……?」
 日向も日向で、闘志を燃やす。その熱血っぷりに感動……するわけないだろ。スポ魂ならよそでやってくれ。
 そして日向は、今度はゆりの方へと向き返り、
 「ということだからゆりっぺ。もし俺達が生徒会チームに勝ったら何か報酬をくれよ」
 ゆりが「はぁ?」と呆れた声を上げる。
 「いや、俺達だけってんじゃ不公平か。だったら、生徒会チームを倒して優勝したら、一番成績の良かったやつがなにかご褒美をもらえるとかっていうんなら、みんなのやる気が上がるんじゃないのか?」
 「……ま、勝つんならなんでもいいけど。それで、なにが欲しいの」
 「そうだな……。じゃあ、ゆりっぺがほっぺにキスしてくれるっていうのはどうだ?」
 「な、キ、キス……!? 前からアホだとは思ってたけど、とうとう真性のアホになっちゃったわけっ!?」
 ゆりが両腕を抱えながら、引き気味の態度を示す。
 「くたばれ、変態やろぉおおーーーーーーーっ!!」とユイが日向の後頭部に跳び蹴りを食らわせ、日向が二転三転と転がり、ゆりの目の前にある校長の机に突撃する。ゆりは「うわっ!? 近寄らないでよ変態!」と、手首でしっし、と払いのける。
 「悪いな日向。俺チームから抜けるわ」
 「みんな俺の扱いひどすぎじゃね!? つーか、音無も早まるなって」
 日向がそうなだめる。早まるもなにも、はじめからやる気なんてない。
 「さっきのは冗談だ。じゃあさ、ゆりっぺがいつも頭につけてるそのリボンをくれよ。スペアあるんだろ?」
 これ? と言ってゆりが右側頭部に付けているリボンを指さす。印象的な緑色のリボンは、遠目でもゆりだと分かるほどのチャームポイントだ。ゆりの象徴と言ってもいいだろう。
 それを景品として指名する日向だが、いったい何を考えているのやら。そんなのものをもらったところで喜ぶやつなんて、俺は一人くらいしか知らない。
 「こんなんで天使の悔しがる姿を見られるなら安いもんだわ。いいわよ。勝ったチームの一番成績のよかった人に、このリボンをあげるわ。くれてやるわよ」
 よっしゃあ! とガッツポーズを決める日向。他のメンバーは日向に冷たい視線を浴びせるが、当の本人は気にしていないようだ。
 「ただし」と、ゆりが付け加える。
 「なんだよ、ゆりっぺ。条件付きか? いいぜ。飲むから何でも言ってみろよ」
 「それはいい心がけね。もちろん、どちらのチームも生徒会チームに敗北したら、それ相応の罰ゲームが待ってるわよ」
 メンバー全員が息を飲む。特に、同様の隠せない高松がゆりに抗議する。
 「今回もやるのですかっ? いや、確かに前回は我々に落ち度があったのは認めますが、またあれをやるとなると……」
 「決まってるじゃない。もう負けは許されないわ。背水の陣よ」
 ゆりがにこやか笑顔で告げる。
 前回、俺達は惜しくも生徒会チームに敗北し、ゆりの下した罰ゲームで四苦八苦するはめになった。その内容は……もう思い出したくもない。
 心に深い傷を負った戦線メンバーは、それから一週間は殺伐とした状態が続き、全員が正常な精神状態に復帰するのに、二週間かかったのは記憶に新しい出来事だ。
 その悪夢がまた繰り返されるとなると……死んでも負けられないな。もう既に死んでいるのだが。
 「大丈夫よ。あたしも悪魔じゃないわ。今回はもっと楽なのにしてあげる」
 ゆりはさも楽しそうに言う。普段は大人びていながらも、歳相応の元気さを持つ彼女だが、時たま悪魔のような裏の表情を見せる時がある。それもある意味ゆりの魅力なのだろうが……。
 「どうせなら、その内容を聞かせてくれ」
 メンバー全員が心に抱いているであろう質問を、俺が代表してゆりに尋ねた。
 「それじゃ罰ゲームにならないじゃない。どんな恐怖が待っているか分からないからこそ、人は頑張れるってもんよ?」
 「いや、多分罰ゲームの内容が気になりすぎて、プレイに集中できなくなるんじゃないか? 内容を知っていたほうがそれを身構える事ができるし、気も楽になるから余裕ができる。結果、ファインプレーにも繋がると思うぞ」
 みんな前回の罰ゲームでトラウマを抱えているからな。それがプレイ中に起こっては、フライの取りこぼしやトンネルが続出し、最悪サヨナラエラーなんてことにもなりかねない。
 「音無くんの言うことも一理あるわね。それじゃ、先に発表しましょうか」
 スクリーンの前に立っていたゆりは、歩を進めて俺達の前に立ち、
 「今回の罰ゲームは、戦線メンバーで組まれたチームが生徒会チームに勝てなかった場合、一週間水着で過ごしてもらうわ。男は海パン一枚のみ、女はスクール水着ね。食事の時も寝る時も、常に水着。上に何かを羽織ることは許さないわ。風呂とかで脱ぐのは自由だけどね。そして、登校時も一般生徒たちに混ざって水着で登校し、そのまま授業も受けてもらうわ。どう、優しい罰ゲームでしょ?」
 なんだ、そんなことか……。と日向が呟き、他のメンバーも安堵の息をつく。
 確かに、前回の罰ゲームに比べたら月とスッポン。針の山を歩くのと、なだらかな前方後円墳を上るくらいの違いがあると言ってもいい。
 けど、絶対に負けられないと言う戦いで、こんな罰ゲームでは軽すぎるのではないだろうか。何か裏があるに違いない。
 考えろ。仮に俺たち戦線チームが負けて、罰ゲームを受けたとする。俺たち男は海パン一丁で過ごすことになり、同時にそのまま授業も受ける。まず、周りの奇異の目が半端じゃないだろう。なんでこいつ水着でいるの? 身体見せつけたいの? 生粋の夏男なの? とか思われて、醜態をさらすことになる。だが、唯一の救いは他のメンバーも水着姿であることだ。俺一人だけだと一般生徒全員の視線を集めることになるが、それが三人、四人となれば、異常者を見る視線も分散されるし、恥ずかしいけどこいつらも同じ境遇だから我慢するか。なんて妥協の心も生まれてくる。
 そして、女メンバーも常時スクール水着姿で過ごすことになる。俺たちと同様に一般生徒たちと一緒に授業を受けて奇異の眼差しを受けて……って、それどころじゃないだろ!
 俺は視線を漂わせる。目に入ったのは、ソファの端っこでちょこんと座っている岩沢の姿。岩沢も俺に気付いたのか、目を合わせると、どうしたの? と尋ねんばかりに微笑み、わずかに首を傾ける。
 もし、岩沢が一週間水着で過ごすことになったら……。
 登校する時もスクール水着。授業を受ける時もスクール水着。食堂で飯を食う時もスクール水着。食堂でゲリラライブをやる時もスクール水着。常に一般生徒の視線を浴びることになる。しかしそれは男共のように変人扱いされるという域を脱し、戦線メンバーの女たちは、男子の一般生徒からは下心丸見えの視線で舐めるように見られ続けるだろう。それはもう、恥ずかしいとかいうレベルじゃない。どう考えても、人前に出るのが嫌になって引きこもりたくなるだろう。最悪、コミュニケーション障害に陥ることも予測できる。
 今回の罰ゲームは、男にとってはそれほどのものではないにしろ、女にとっては精神的ダメージがでかい罰ゲームだ。なぜゆりがそんな罰ゲームにしたのかは不明だが、なにかしら理由はあるのだろうと思う。
 それを踏まえた上で、俺がしなければならないことは、岩沢がスクール水着を周囲にさらすことにならないよう意地でも生徒会チームに勝たないといけない。もちろん、岩沢以外のひさ子や遊佐、その他女子戦線メンバー全員がそうならないためだ。
 その岩沢と言えば、相変わらずユイとじゃれ合っている。こいつ、自分が置かれている立場が分かっているんだろうか。
 「言い忘れてたけど、もちろん監視役であるあたしは罰ゲーム除外ね。じゃあみんな、死力を尽くして天使率いる生徒会チームをボッコボコにしてやりなさい。球技大会が終わるまでは戦線の活動は休止とするから、練習するなり作戦を練るなり好きにしなさい。明日を楽しみにしてるわ」
 ゆりは片手を上げて別れを告げると、扉を押し開けて校長室を後にする。
 それと同時に静寂をやぶり、藤巻や高松も、他のメンバーを集めて作戦を練り始める。さて、俺はどうしたもんかな。
 ソファから立ち上がると、肩に手を置かれた。誰の手かといえば、そんなの考えなくても分かる。
 「じゃあ音無。行こうぜ」
 日向が楽しそうにそう言う。どこにだよ、と聞いてやると、
 「決まってんだろ。メンバー探しだよ」




第六話 白球に想いをのせて 前編




 休み時間。一般生徒たちが休憩したり、次の移動教室に向けて移動したりと往来している中、俺と日向は二階の渡り廊下を歩く。
 他の生徒とは違う制服を着ている俺たちだが、いい加減一般生徒たちも慣れたのか、もう見向きをするやつもいない。
 「それで、今回は誰を誘うんだよ」
 右隣を歩いている日向に訊く。日向は迷いもなく、俺の方を向いて言う。
 「まずはあいつからだな」
 どうやら目星は付いているようだった。頼むから、前回とは違ってまともなメンバーを選んでくれよ。
 とは言っても、藤巻たちは戦線連合なるものを結成しているので、戦線のスポーツ万能なやつらはほとんどそっちに行ってしまうはずだ。そいつらを引き抜くのか、それともそれ以外のメンバーを探すのか。どちらにしろ、日向任せだ。
 「――ちょっと待ちな。そこのご両人」
 背後からの声。振り向くと、そこには自信満々な態度を身体で表現したユイが腕を組んで仁王立ちしていた。
 「真っ先にあたしに目をつけるとは、さすがはひなっち先輩……。けど、あたしをそう簡単に仲間に入れられると思ったら甘いですよ。なぜなら、あたしはどこにも属さない一匹狼……。誰かに縛られるってのが好きじゃないんでね。それでも、どうしても助けが欲しいってんならぁ、助太刀いたしやすぜ、先輩?」
 「音無。まずは体育館の方へ行ってみようぜ」
 日向が見向きもせずに歩き続ける。
 「って、なにスルーしてんですかっ! 死語の世界の小早川秀秋と言われたこのユイにゃんが、自ら仲間になってあげるって言ってんですよ!?」
 ユイがびしっ! と日向を指さして叫ぶ。日向は面倒くさそうに頭をかき、しかめ面を浮かべて、
 「いらねぇよ。とっとと西の国へ帰れ」
 「いるって言ってくださいよ! その言葉を待っていた、って言って下さいよ! 話が進まないじゃないですかっ」
 ユイが日向の胴にしがみついて駄々をこねる。どう見ても、兄にわがままを言う小学生の妹にしか見えない。
 「ほら、ナシオト先輩もっ!」とユイが俺に向かって促す。音無だ。近頃の若者か、お前は。
 俺と日向は顔を見合わせ、二人してため息をつくと、棒読みでセリフを投げかける。
 「おお、まさか貴方自ら来ようとは、これも天の導きかー」と俺の言葉に続き、日向が「その言葉を待っていたー」
 ユイはふっ、と笑みをこぼして、人差し指を立てて額にあてる。まるで暗転した舞台に指す一筋の光の中に立ち尽くすがごとく、ユイが語る。
 「戦の勝敗は運任せ。幾千万もの敵(かたき)に囲まれようとも、天の息吹が味方すれば、数百の軍勢でも制することができる……。世間で、天下の風雲児と名を馳せたこのユイにゃんが貴国の追い風となって大嵐を吹かせてしんぜよう。どうじゃ、ひなっち先輩。この話、乗るか、蹴るか?」
 「蹴る」
 そう言って、日向が歩き出す。
 「だったら、お望み通りくれてやらぁっ!!」
 と、ユイが三歩でかろやかに助走をつけ、日向の背後からドロップキックを見舞った。
 後頭部と尻がくっつくほど、身体がくの字に折れた日向は、そのままリノリウムの床の上を顔面スライディング。キュキュキュキュッ! とラジアルタイヤがスリップしたような音が廊下中に響く。
 「なにすんだ、てめぇ!」
 がばっ、と身体を起こした、顔面血だらけの日向が叫ぶ。その面はそこら辺のお化け屋敷にも負けないほどのホラーだ。
 ユイは気にせず、ずかずかと日向に近づいていくと、上から見下すようにして叫ぶ。。
 「さっさと仲間に入れろやコラァッ! ていうか、あたしだけ仲間はずれっておかしくないですか!? 会議が終わってからずっと高松先輩や藤なんとか先輩の周りをうろうろしても、全く声かけてくれないんですよっ?」
 それは無言の戦力外通告というやつだ。直接言われないだけマシだろう。
 そもそも、藤巻たちに対しても日向に対しても、最初から仲間に入れて欲しいって正直に言えば別の対応があっただろうに。回りくどいやつめ。
 だが日向は、頑なにユイを拒むようで、
 「今回の俺は本気なんだ。遊びでやってんじゃねぇんだよ」
 日向が壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。ユイは襲いかかる勢いで日向を説得するが、ただわがままを言っている風にしか見えない。
 「あーうるせー」と両指を立てて耳を塞いでユイから目を背ける日向だが、窓の外を見て、違った反応を示す。
 「棚からなんとかってやつだな……中庭か。いくぞ、音無っ」
 窓の外に何かを見つけた日向は、ユイの壁をかいくぐってかけ出し、階段を下りていく。
 「待ってくださいよ、ひなっちせんぱーい!」と、ユイも日向に続く。
 仕方がなく、俺も渋々二人を追うことにする。って、もう姿が見えねぇ。どんな速さだよ。確か中庭って言ってたよな。



 走るのも面倒なので、のんびりと歩いて中庭に向かう。
 階段を下りた先、芝の生い茂った中庭にたどり着くと、その先のコンクリートのタイルが敷き詰められた歩道で、日向を見つける。誰かと話しているようだ。
 近づいて様子を伺う。後ろでユイが見守る中、日向はズボンのポケットから白球を取り出し、前に突き出して言う。
 「野球しようぜ!」
 「なんだよそれ。新手のナンパか?」
 日向に誘われている少女は、腰に手をついて、呆れた様子でポニーテールをなびかせる。
 「ナンパじゃねぇって。俺たち、明日の球技大会に向けてチーム組んでるんだけどさ。是非、お前の力が必要なんだ、ひさ子。だから一緒に野球やろうぜ、野球っ」
 「へぇ、奇遇だな。あたしもこれから野球しようと思ってたとこだ」
 制服姿のひさ子は、肩に背負ったバッグを俺たちに見せるように担ぎ直す。普段、ひさ子が担いでいるのはギターケースだが今回は違うようで、ギターが入るはずもない細長いケースを背負っている。恐らく、中にバッドが入っているんだろう。とうとうバンドに飽きて野球に目覚めたのだろうか。
 「違う。そこの野球バカと一緒にすんなよ、新人。今はバンドやってられる余裕はないんだ。だから野球の練習すんの」
 「だったら、俺たちとチーム組んで練習しようぜ!」
 「なんであんたとやんなきゃいけないのよ。あたしは高松達とやるんだけど」
 ひさ子の返答に、日向は頭を抱えて叫ぶ。
 「また高松のチームかよっ!」
 球技大会についての会議があったのは今から二十分ほど前。その二十分の間でひさ子が加入したとなると、やはり岩沢あたりから話を聞いて、高松や藤巻率いる戦線連合に自ら志願したのだろうか。
 「いや、さっき藤巻が駆け足であたしの所に来てさ。球技大会の内容を聞いたんだ。もちろん罰ゲームの内容もな……。それを聞いたら参加しないわけにはいかないだろ?」
 ひさ子が眉をしかめながら説明する。やけにひさ子がやる気に満ちていると思ったら、やはり罰ゲームが原因か。ひさ子にとって今回の罰ゲームは、ある意味拷問よりも屈辱なのだろう。
 「どうせなら、新人もこっちに来るか? 藤巻に言えば入れてくれるだろうし、あたしが推薦すれば先発投手を任せてくれるかもしれないぜ」
 ひさ子が優しく微笑む。どうやら本気で同情されているようだ。無理もない。なにせ、日向のチームは俺を含めても人数がまだ三人しか集まっていない上に、戦線の主力メンバーは藤巻達のチームに取られているから、メンバーを集めるのでさえ困難な状態だ。前回だって九人集めることができなかったし、半分は戦力外の人数合わせ。今回もそうなることが目に見えている。
 マジでひさ子の誘いに乗ろうか。そう考えていた所に、
 「ひさ子。探したよ」
 透き通った声が聞こえた。ひさ子の元へ、小走りで岩沢が近づいてくる。
 「どうしたんだ、みんなで集まって。また楽しそうな事でも企んでるのか?」
 ひさ子に肩を寄せて、岩沢が俺と日向とユイを見る。企んでいるとは人聞きが悪いな。俺はただの付き添いだ。
 「それより、ひさ子。昨日ひさ子が考えたリフにメロディを付けてみたんだが、聞いてくれないか?」
 「悪いけど、また今度な。これから野球の練習するんだよ」
 「野球? なんでまた」
 「球技大会の話聞いてなかったのかよ、岩沢」
 そういえばそんなこともあったな。と岩沢は興味が無さそうに言う。
 「まさかひさ子、それに出るの?」
 「当たり前だろ。負けたら一週間水着で過ごさなくちゃいけないんだぜ?」
 ひさ子が重いため息をつく。
 もし、ひさ子が罰ゲームで常時水着姿になってしまったら、誰もが彼女の胸に注目するだろう。戦線一のバストサイズ、いや、この世界では一番の大きさを持っていると言っても過言ではない彼女の胸が、スクール水着一枚に覆われた状態で大衆に晒されたら、それこそ空腹状態の猿の群れに一本のバナナを放り投げるようなものだ。実際に襲われはしないだろうが、男子生徒から浴びせられる大量の視線は、全裸を見られるのと同等の恥ずかしさと言ってもいい。
 だからこそ、胸にコンプレックスを抱いているであろうひさ子は、今回の球技大会に意地でも勝つまいとしているのだ。
 岩沢もどうやらひさ子の罰ゲーム姿を想像しているようで、視線を空へ向けながら考え、
 「確かに、ひさ子が水着姿になるのは嫌だな……。分かった、私も参加しよう」
 参加を表明した。罰ゲームを受けることになったあかつきには、岩沢も水着姿になるのだけれど、本人は自覚しているのだろうか。俺だってひさ子も岩沢も水着姿が周囲に晒されるのを良しと思ってはいない。
 なんにせよ、俺たちが生徒会チームに勝てばいいだけの話だ。そのために俺はチームの勝利の為に尽力すると共に、勝てる見込みがありそうなチームに入らないといけない。現在、戦線にあるのは二つのチームだ。一つは藤巻と高松率いる戦線連合。戦線のスポーツ有能者を集めたオールスターチームだ。そしてもう一つは、未だチームとして成り立ってはいないが、前回の球技大会で生徒会チームをギリギリまでおいこんだ日向チーム。俺はどちらに所属するべきか……。
 「話は決まったな。じゃあ岩沢。これから藤巻達のチームと練習するから、さっさと行こうぜ」
 ひさ子の誘いに、そうだな。と岩沢が頷き後を続く。
 「ちょっと待ったっ!」と日向が叫ぶ。「どうせ野球やるなら俺達と一緒にやろうぜ!」
 はぁ? とひさ子が声を漏らす。
 「あんたたち、まだメンバー集まってないんだろ? そんな状態でどうやって生徒会のやつらと戦うんだよ。相手は裏技使ってるみたいな強さの集団なんだろ。どうやって太刀打ちする気だよ」
 確かにひさ子の言うとおりだ。適当に集めたチームでは生徒会チームになんて勝てっこない。だが、逆に考えると、戦線の総力を結集したチームでまともに戦ったところで、生徒会チームに勝てるかと言われればそうではない。相手がそれをもしのぐ強さだとしたら、結局は前回と同じだ。だからこそ日向は、正攻法じゃない形でチームを作ろうとしているのだろう。まぁ、こいつのことだから、本当にスポ魂的な考えかもしれないが、そのギャンブル的な行動が逆に生徒会チームを苦しめる結果にもなりえる。前回と同様にだ。
 正攻法の戦線連合。最弱にも最強にもなりえるギャンブルのような日向チーム。そのどちらが生徒会チームを倒せるかと考えれば、日向のギャンブルにかけたほうが勝機はあるかもしれない。日向がいうスポ魂的な楽しみも分からないわけでもないしな。俺も男だ。
 俺が日向のチームに所属するとして、この状況下での最善の行動といえば、これしかないだろう。
 「待ってくれ岩沢。俺たちさ、藤巻たちとは別のチームを組んでやろうとしてんだ。けどまだメンバーが足りなくってな。お前がよければ日向のチームに入ってくれないか? 俺と日向と、それにユイ。今のところメンバーは三人だけど、お前が入ってくれれば四人になる」
 岩沢を呼び止めるとともに、勧誘する。
 「それは面白そうだな。じゃあそうする」
 「ばか、岩沢。やめとけっ」
 俺たちの元へと近づいてくる岩沢をひさ子が腕を掴んで制する。
 「こいつらと組んだってろくなことにならないぜ? 日向が組むチームなんて戦線の底辺チームになることくらい岩沢だって分かるだろ」
 「けど、音無もいるし大丈夫なんじゃないか?」
 なんの疑問もなしに岩沢がひさ子に言う。何を根拠に言っているのか分からないが、俺がいるからといってまともなチームにはならないぞ。むしろ、この世界に来て日が浅い俺は、不本意だが戦線の底辺グループとして扱われてもおかしくはない。
 ひさ子は、あーもうっ、と頭をかき、
 「じゃあ岩沢。あたしと新人。どっちを取るんだよ」
 ひさ子が岩沢の両肩に手をのせて、切迫する。俺とひさ子のどっちを取るかだって? そんなの決まっているだろう。どう考えても、ガルデモ結成前からつきあいの長いひさ子に決まっている。
 しかし岩沢は「ど、どっちをとるかって言われても……」と口ごもり、顎に手を当てて悩み始め、地面を眺めては空を眺めたりして、うんうんと唸り続ける。
 何をそんなに悩む必要があるんだろうか。このチームに対してひさ子と比例するくらいの何かを、岩沢は見出しているのだろうか。
 そこへ、日向が岩沢とひさ子の間に割って入る。
 「だったら話は簡単だ。ひさ子も俺たちのチームに入ればいいんだよ。どうせむこうのチームはメンバー有り余ってるんだろ? 一人くらい減ったって大丈夫だって」
 「あんたとやるくらいなら、一週間水着で過ごしたほうがマシよ」
 ふん、とひさ子が腕を組み、日向をあしらう。罰ゲーム以下の扱いって、どれだけ嫌われてんだよ、日向。
 岩沢が迷う中、校庭がある方向から二つの影が近づいてくる。
 「おい、ひさ子。遅いと思って探しに来てみたら、なにやってんだよ」
 気だるそうな声でそういった男は、いつもの木刀とは違って金属バットを肩に担いだ藤巻だった。隣には高松もいる。
 「なんだ藤巻か。あたしはこれから練習しに行こうと思ってたんだけどな。日向の勧誘がしつこいから足止めされてんだよ」
 ひさ子の説明に、なにぃ? と藤巻が眉を寄せて声をあげる。
 「そりゃ卑怯ってもんだぜ、日向。ひさ子は俺たちのチームの主力メンバーなんだぜ。勝手に引き抜きされちゃ困るんだよ。それに、先にひさ子に声をかけたのは俺たちだしな」
 威嚇する藤巻を後押しするように、高松も横槍を入れる。
 「しかも、あなたたちのチームはまだ人数が揃っていないようですが?」
 「だからこそメンバーを集めてるんじゃないか」と俺が反論。
 「だったら、さっさと探しにいけよ。いくら粘ってもひさ子は渡さねぇからな。寄せ集めチームは隅っこで野球ごっこでもしてろよ」
 「んだとぉ!?」
 藤巻につかみかかる勢いで睨み付ける。なんでこんなに熱くなっているのかは自分でも分からない。
 額同士がくっつくほどの距離で、俺と藤巻がにらみ合う。ひさ子は呆れて傍観し、日向は俺たちをなだめにかかる。高松は第三者といわんばかりに立ち尽くし、ユイは「やったれや、おらぁーーーーーっ!」と一人で祭り状態。そんな中、

 「じゃあ勝負すればいいじゃない」

 いつの間にか俺と藤巻の横に立っていた岩沢が、そう提言した。
 「ここでいがみ合ってても始まらないし、どちらも引かない状況なら、もう勝負して決めるしかないんじゃないか。あんたたち男の子だろ」
 諭すようにして岩沢が言い、藤巻が俺の胸を突き飛ばして、得意げに言う。
 「いいじゃねぇか。やってやるよ」
 俺だって上等だ。ここまで言われた手前、負けるわけにはいかない。どんな勝負方法だろうと圧勝して涙目にさせてやる。
 「……で、なにで勝負するんだ?」
 素朴な疑問。岩沢が提案したんだから、それくらい決まっているはずだ。俺は視線を藤巻から岩沢へと向けると、岩沢は意表を突かれたように苦笑いを浮かべ、
 「なにで……勝負するんだろうな……」
 決まって無かったのかよ! ロックの人間は、思いつきで物をいう傾向があるようだ。
 「だったら、野球で勝負だ」
 岩沢の背後に立っていた日向が告げる。お前は結局それか。
 「明日の球技大会が原因でもめてるんだからな。原因が野球なら、それを解決するのも野球だ。どうだ藤巻?」
 「いいぜ。野球で白黒つけようじゃねぇか。そんで、お前らは負けたらなにしてくれるんだよ。こっちはひさ子を賭けてるんだ。それに見合う対価がねぇと割に合わないだろ?」
 藤巻がひさ子を親指で指す。物扱いされているひさ子は怪訝な顔を浮かべる。
 対価と言われても、ひさ子に見合うものをこちらは持ち合わせてはいない。ユイを賭けるか? いや、ユイは運動神経はいいだろうが、正直ひさ子とは釣り合わない。じゃあ日向? チームのリーダーだからダメだろう。そうなると、俺が自らいかなくてはならないか。
 「それなら、私が音無の方の賭け品になるよ」
 岩沢が一歩前に出て立候補。そもそも、こいつは中立の立場のはずだが。
 「じゃあ、私が今、音無のチームに入る。そして音無と藤巻が戦って、音無が勝てばひさ子を引き抜きできるし、逆に藤巻が勝ったら、私が藤巻のチームに入るよ。私はひさ子とは釣り合わないけど、生前は五十メートル走で七秒台前半だったし、代走くらいにはなると思うよ。賭け品である、私とひさ子の実力差は、音無たちがまだメンバーが集まってないっていうハンデで許してもらえないかな」
 この勝負、端から見れば藤巻たちに利益はない。岩沢も戦力にはなるだろうが、藤巻は負けたら戦力の要であるひさ子を奪われることになるため、普通なら降りるのが当たり前だ。
 しかし藤巻は頬を歪ませ、
 「分かった。それでいいぜ」
 意外にも承諾した。やけに良心的だな。状況分かってんのか?
 「こちらには強打者はたくさんいますが、足の早い選手はあまりいませんからね。岩沢さんがこちらに入った暁には、一番バッターとして起用させてもらいますよ」
 藤巻の後ろで、得意げに高松が補足する。なるほどな、岩沢の足の速さをかってるわけか。
 「それに野球で勝負するとなれば、まず私たちの負けはありません」
 「へぇー、やけに自信あるじゃねぇか。こっちには野球経験者の俺もいれば、野球部で構成された生徒会チームをギリギリまで抑えた音無だっているんだぜ?」
 「それでも、私たちの勝ちはゆらぎません」
 日向の挑発に高松は動じない。やはり藤巻と高松には何か策があるのだろうと考えられるが、どのみち戦ってみないとわからない。
 「それで、どうやって勝負するんだよ」
 藤巻が面倒くさそうに吐いた。
 話し合いの結果、俺と日向、藤巻と高松の二対二で戦う事になった。ルールは、サッカーでいうPK戦のようなもので、日向チームと高松チームで先攻と後攻を決め、後攻チームが投手と捕手に別れ、先攻チームの片方が打者となり、先にヒットを出した方の勝ちだ。先攻がヒットを打っても、後攻がヒットを打ち返せば、ゲームは続く。しかし、先攻がヒットを打っても後攻が凡打、あるいは先攻が凡打で後攻がヒットを打てば、ゲームが決まる。先攻と後攻どちらにも非がない勝負内容だ。ちなみに、デッドボールが出た場合は、カウントを帳消しにして、仕切り直しとなる。だがこのルールにも一つだけ縛りがあり、打者は、守備の時に捕手をつとめた者のみが行えることだ。仮にこちらのチームで捕手が日向と決まったら、こちらが攻撃の時には日向しか打席に立つことができず、状況や気まぐれで俺と日向が、代わり代わり打席に立つことは許されない。投手は守備の投手のみ。守備の時に捕手だったやつは、攻撃の時に打者となる。
 そうしてルールも決まり、こちらのチームは俺が投手で日向が捕手兼打者となり、相手チームは高松が投手で藤巻が捕手兼打者となった。
 後は試合を始めるだけだが、
 「そういや、審判はどうするんだよ」
 藤巻が意見を述べる。そういえば、まだ審判が決まっていなかった。捕手の後ろでカウントを取る球審と、人数不足から守備がいないため、ヒットと凡打を判断する審判と、最低二人はいる。岩沢とひさ子にでも任せようか。ユイだとなんか不安だ。
 「それじゃあ、平等な判定ができないだろ。ひさ子は俺たちのチーム、岩沢はてめぇらのチームだ。どちらかに偏った判定が出てもおかしくないぜ」
 「あたしはそんなことしないよ。信用してないのかよ、藤巻」
 ひさ子が睨み付け、藤巻が動揺する。
 「いや、そういうわけじゃねぇけど、どうせやるなら公平な審判を使いてぇだろ……?」
 藤巻の言うことも一理ある。だが、藤巻のチームにも属していなくて俺たちのチームでもない、そんなやつが二人もどこにいるんだ。戦線のほとんどのやつは藤巻たちのチームに所属しているというし、NPCに任せるわけにもいかないだろう。
 「それなら適任がいるぜ」
 人差し指を差し出して日向が言う。
 「今から呼んでくっから、先に野球場に行っててくれよ」
 そう残して、日向が校舎の方へとかけだして行く。
 俺たちは顔を見合わせて疑問を浮かべるが、日向の指示通り野球場へ向かうことにした。
 まさかNPCの教師とか呼んでくるんじゃないだろうな。





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