俺と岩沢が作戦本部(という名の校長室)にたどり着いた頃には、既に他の戦線メンバーが集結していた。
 日向はいつも通りの様子で俺に手を振って挨拶を投げかけ、大山もそれに続く。
 藤巻はさっきの出来事など忘れたかのようにいつも通りの様子だが、まぁ、積極的に絡むのは止めておくことにしよう。
 「そろったわね」
 不意に、透き通る女声が発せられる。その一言で、難癖ある戦線メンバーが一同にして声の発生源へと向きかえる。
 その視線の先――高級感溢れる木造の机に肘を乗せ、本革の椅子に腰掛けた一人の小柄な少女、我ら戦線メンバーのリーダーであるゆりがゆっくりと言葉を紡ぐ。
 「今日は定例会議ってことで集まってもらったけど、議題は分かっているわよね」
 分かっているさ。永遠に不変の日常を保ち続けるこの死語の世界で、あれほどのイレギュラーが起こったのだ。誰だってその真相を知りたいに決まっている。
 他のメンバーも、俺と同様に昨日の出来事を思い返しているのだろう。普段アホばかりの面子が珍しく神妙な面持ちになる。
 「今まで気持ち悪いほどに不変だったこの世界に、一つのイレギュラーが起きたわ。みんなも知ってる通り、昨夜の大規模停電よ。今まで何度か、一部の場所が停電した事はあったけど、学園内の全施設が停電したのは初ね」
 予想外の大事件に対して、あくまでも冷静にゆりが語る。
 そのことについてだが、俺にも一つの疑問がある。
 昨夜は女子寮に潜入していたということもあり、岩沢を除く他メンバーの同行を俺は知らない。女子寮に行く前は日向と大山と野田とユイには出会っているが、停電してからの動向をつかめてはいない。つまりは、
 「今回の件にゆりは関与してないのか?」
 俺の知らないところで一部の戦線メンバーが暗躍していたのかどうか。
 そんな俺の素朴な質問に、ゆりは「あのね」と声を漏らし、
 「学園の全施設を停電させるなんて大規模な計画をやるなら、あなたたちに隠す必要なんてないでしょ? そもそも、やる意味が無い。あったとしても、少人数で出来るようなミッションじゃないし、リスクも高いから前もって準備しなくちゃいけないわ」
 「じゃあ、誰がやったってんだよ?」
 藤巻が、すかさずゆりに質問を投げかける。ゆりは呆れた表情を作り、
 「それが分かったら苦労してないわよ。仮にこの戦線メンバー内の誰かがやったとすれば、さっきも言った通り、あたしの考え得る何通りかのやり方のどれを用いても、数日がかりの準備が必要だから、その時点であたしが気付くはずよ」
 自信満々に言うゆりだが、確かに、遊佐を通じたネットワークを用いれば、戦線メンバーの誰かが怪しい行動を始めれば、すぐに把握することができるだろう。
 「つまりは、戦線メンバー以外の外部犯というわけか……」
 という松下五段のつぶやきに、間髪入れずに日向が、
 「ってか、人的なものじゃなくて、自然現象っていう可能性もあるだろ。そもそも、NPCじゃない人間は俺達しかいないわけだし、NPCがそんなことするとも思えないしな」
 なるほど。確かに日向の言うことも一理ある。この世界に俺達以外の人間は存在しないはずだ。いたとしたら、真っ先にゆりが気付くはずだし、そうでなければ、そいつは何も知らずに全うな学園生活を送って消えているはずだ。
 そして、決められたプログラム通りの行動しかしないNPCが、わざわざ学園内の全域を停電させるはずがない。
 仮に、そのNPCが何らかのイレギュラーを起こすような事態が発生したとしたら? アホか。そんなの考えたくもない。
 日向の一言で静まりかえる室内。そんな中、高松が人差し指で眼鏡をあげながら、静寂をやぶる。
 「――そのことについてですが、昨晩の停電復旧の時に私が、不自然な現象を目の当たりにしました。普通なら一斉に点くはずの電灯が、」
 「ちょっと待って、高松くん。その話についてはあたしから話すわ」
 ゆりが片手を挙げて、高松の話を遮ると同時、「音無くん、カーテン閉めて」と俺に指令が下される。
 俺が部屋のカーテンを全て閉め終えると、午前八時前にもかかわらず部屋が薄暗くなり、ゆりが背後にあるプロジェクター投影用の大画面スクリーンを下げ、そこにパソコンのデスクトップ画面がプロジェクターによって映し出される。
 ゆりがノートパソコンのマウスを何度か操作すると、背後のスクリーンに奇妙な画面が表示された。
 それは設計図の様な線画で描かれた、学園敷地内の全域が表示された地図だ。そこに、赤い文字で一部の施設に丸印がつけられ、番号が割り振ってある。
 「停電が起きた時、高松くんは状況を確認するために屋上に上がったそうね。それから、停電が復旧するまでずっと屋上にいたのだけれど、復旧する時に不自然な光景を見たそうよ。それをまとめたのがこれ」
 ゆりが背後のスクリーンを指さす。
 六階建ての学生寮の屋上からは、隅々とまではいかないが、学園内の全貌を大まかに伺う事ができる。高松が復旧時に屋上にいたことから推測して、スクリーンに映し出された学園全体図の一部の施設に表された数字の意味は、復旧した順番ということか。
 「ご明察。中々分かってるじゃない、音無くん。まず始めに、ここ。体育館の証明が復旧して、その次に、校庭の夜間照明。それから校舎、食堂、女子寮、男子寮の順で、数分おきに一ヶ所ずつ復旧していったと高松くんが言っていたわ。街灯の復旧はまばらだったそうで、その順番までは把握できて無かったようだけど」
 「それが、どう自然現象じゃないっていう証拠になるんだよ?」
 まだ納得できていない日向が再びゆりに問いかける。
 「この高松くんの証言から、システム上のトラブル等で起こった自然現象では片付けられない不自然な事柄が二つ浮かび上がったわ。一つ目は、なぜ一斉に停電したのに、復旧がまばらになったのか。この世界の電気設備がどういったものかは分からないけど、一斉に停電したって事は、メインのシステムに問題があったから全ての施設が落ちたわけでしょ? だったら、復旧する時も、一斉に復旧するはずじゃない?」
 人差し指をびしっ、と立てて、ゆりが演説する。
 「けど、一斉に停電したからといって、一斉に復旧するという考えも確実じゃないと思うよ。メインの電源が復旧しても、各施設に電気が行き渡るのには何かしらのタイムラグがあったとも考えられるし」
 珍しく、岩沢がゆりの説明に対して口を挟む。
 「そうね。確かに復旧も一斉に行われるという考えも絶対じゃないわね。そこで、二つ目の不自然」
 ゆりが中指を立てて、二本の指で俺達を指し、
 「どうして復旧した時に、室内灯が点灯したのか」
 どういうことだ。言ってる意味がよく分からん。
 もちろん、俺以外のメンバーも呆気にとられている。電気が復旧すれば、室内灯が灯るのは当たり前だろ。
 「それが午後七時とかっていう時間帯ならね。けど、停電が起こったのは午後十一時十八分。そんな時間に、食堂や体育館や校舎内に人がいると思って? 各施設を施錠する時に室内の蛍光灯の個別スイッチは全て切られているはずだから、主電源が生きていようが死んでいようが室内灯が灯ることはないわ。仮に、停電に気付いたNPC教師が校舎や体育館に確認しに行ったとしても、停電が復旧するまでの約三十分間で、全ての施設に教師がたどり着いて、室内灯のスイッチをつけるなんて不可能だわ。つまりは、人的なものによる計画的な犯行という線が浮かび上がってくるわ。それも、停電させる人間と、復旧時に各施設内に侵入して電気を点灯させる人間が複数人必要な、組織的な犯行」
 名探偵並の推理を披露したゆり。日向は返す言葉も無く、口をぱくぱくさせている。
 「You are great detective...」と指を鳴らしながら賞賛するTK。
 「さすがゆりっぺだね! これなら殺人事件が起きてもゆりっぺが解決しちゃうよ」という大山の天然ボケに、「いや、俺達死んでも生き返るから犯人すぐに分かるしな……」とつっこみを入れる藤巻。
 「ちょっといいですか」
 そこへ、また別の声があがる。ソファにちょこんと座った小柄な少年が小さく手を挙げると、ゆりがそちらへ目を向け、
 「まだなにかあるの? 竹山くん」
 「はい。今回の件と繋がるかは分かりませんが、昨夜、大浴場の男子の方で、明らかに入り口とは正反対の所の壁に、大きな穴が空いていたという情報を今朝、他のメンバーから得ました。それと、僕のことはクラ、」
 「ああ、それなら俺も聞いたぜ」
 竹山の後に、藤巻が続く。
 「朝に大浴場のおばちゃんが見つけたらしいぜ。けどよ、その穴ってのは人が三人並んで通れるくらいの大穴らしくてよ。銃器でも使わなきゃ人の手じゃ壊せないなんていう損害だったらしいぜ。だから、猪でも出たんじゃねぇか、なんて騒いでたらしいけどな」
 「猪か……。久しぶりに猛者と戦えると思うと、血が煮えたぎってくるな」と、なぜか松下五段が意気込む。
 お前は猪と生身で戦うつもりか。まぁ、松下五段ならやりかねないし、背負い投げ一本で勝負を決めるかもしれん。そん時は猪鍋でパーティーだな。
 「なんか話が良く分かんないですけど、ようするに男の風呂に突進した猪がそのまま学園の発電機を破壊したってことですよね!」
 岩沢に身を寄せていたユイが、勝手に結論付ける。
 「いや、わけわかんねぇよ! どんだけ強いんだよその猪! つーか、この世界に猪はいませんからっ!」
 「だったら、お前が猪になって発電しろや、こらぁーーーーーーーーーっ!!」
 日向が横槍を入れると、すぐさまユイが日向をホールドしにかかる。もうお前ら、一生やってろ。
 だが、俺はその大浴場に空いた大穴について心当たりがある。というか、もう犯人について確信を得ている。
 十中八九、壁を壊した犯人は野田だ。
 大方、浴場に閉じ込められた野田が、ハルバードで壁を破壊して外に出たのだろう。もちろん全裸でだ。あのバースも裸足で逃げ出すホームランバットをぶら下げてだ。
 ある意味、猪よりも危険な輩だっただろう。目撃者がいなかっただけでも幸いだ。
 ユイとプロレス技をかけあっていた日向だが、ようやくユイを引きはがすと、ユイを強引に岩沢に押しつけて、ぜーぜーはーはー、と息を荒げながら、
 「と、とにかく……。問題は、停電を起こした組織的集団ってやつらの正体がなんなのかだろ……?」
 「その目的もですね」
 と、高松が補足する。
 ゆりはそうね、といいながら俺達の方へと視線を向け、
 「現時点では正体不明ね。もちろん、目的も不明。ただ、なんらかの組織的グループが暗躍しているのは確かだと考えてもいいわね。ただ、それがあたし達と同じ人間の仕業なのか、それともNPC達によるものか、はたまたどちらでもない別の存在によるものなのか……。ま、情報が足りない今、いくら模索しても無駄ね。それでも、正体不明の集団がこの世界で何かを企んでいる可能性があるって事だけは理解しといてもらいたいわ」
 俺達以外に、死んだ世界戦線規模の組織的団体があるってことか。目的も分からなければ、正体も分からない。そいつらが俺達の敵なのか味方なのかも分からない。
 そんなやつら相手に、どういった対応をすればいいんだ、俺達は。
 「そんなの簡単だ」
 ふん、と野田が得意げに鼻を鳴らす。
 「どんなやつが相手だろうと、力ずくでねじ伏せてしまえばいいだけの話だ」
 「そんな簡単にいかないからこうして話し合ってんだろ」
 と、思わず言葉を漏らす俺に、ギロリ、と野田が眼光を浴びせたと同時に、ハルバードを俺の喉元に突きつけ、
 「なんだと貴様……。ゆりっぺを侮辱する気か!!」
 してねぇよ! 誰がいつゆりの悪口いったんだよめんどくせーなこいつ。浴場に穴開けたことばらすぞ。
 「あさはかなり」と椎名が呟く。傍観してないで助けてくれ。
 「そういうことだから、これからは注意して行動すること。連中について何か分かったら、小さな事でもいいから、あたしか遊佐さんに連絡しなさい。以上、解散!」
 ゆりがそう宣言すると、俺と野田に目もくれず、早々と作戦本部から出て行った。
 それを合図に、他のメンバーも散り散りに解散していく。
 野田も「ふん、命拾いしたな」なんてことを言いながらハルバードを納め、出入り口へと歩いていく。
 俺はすかさず辺りを見渡す。日向はユイと、また痴話ゲンカを初めていて、岩沢はそれを苦笑いしながら見ている。
 他に俺に視線を向けているやつはいない。今がチャンスだ。
 俺は自然体で目立たないように、かつ早々と作戦本部を後にした。
 目的は一つ。誰にも気付かれずに遊佐と密会するためだ。




第五話 正しい食券のつかいかた




 どうにか遊佐を見つけ出すことができた俺は、手短に用件を伝えて、誰かに見られる前にすぐさまその場を後にした。
 その内容は、昨夜、女子寮へと潜入した俺が彼女に見つかってしまい、その口止め料として遊佐に昼飯をごちそうするという約束を果たすためだ。
 別に遊佐と話している事になんの問題はないのだが、誰かに見られると詮索されたりする可能性があるので、一言伝えて、昼前に別の場所で集合するように手はずを整えておいた。
 場所は人気の無い校舎裏の焼却炉の前。
 日向や岩沢に何度かアプローチをかけられたのだが、どうにかやりすごして、俺は一人で集合場所へと赴いていた。
 別に岩沢にはばれても問題無かったのだが、あまり大勢に知られるとかえって面倒事に発展しかねないので、あいつに聞かれるまでは黙って置くことにしよう。
 大きなコンクリートの壁で隠れたその場所は、意識して近づかなければ人がいることが分からないような場所にあり、鳥のさえずる声と、鬼のいびきのようにごうごうと焼却炉が唸りをあげ、天に向かって突き出ている煙突からは黒い煙がはき出され、青空へと吸い込まれていく。
 周りには人の姿は見当たらず、どうやら俺の方が一足先にたどり着いたようだ。
 焼却炉の壁面に敷き詰められているレンガの溝を指でなぞりながら暇をつぶしていると、徐々に足音が近づいてくる事に気がついた。
 遊佐だと分かってはいるのだが、コンクリートの壁が邪魔をしてその姿をうかがうことができないため、用心して姿を潜めて、近づいてくる人影を待ち伏せた。
 壁の切れ間から現れた人影は、予想通り遊佐だった。
 安心して、俺は姿を現して遊佐に声をかける。
 「よう。待ってたぜ」
 右手を軽く挙げて、遊佐にあいさつを決め込む。
 「遅れてすみません。少々やりすごすのに手間取ったもので」
 軽く会釈をして、遊佐が俺を見つめる。
 やりすごす、というのは、恐らくゆりのことだろう。単身で来たのだからわざわざ問いただす事でもないが。
 「いや、別にいいよ。それよか、とっとと行こうぜ。腹減っちまった」
 なんだかんだで時刻は既に、時計の真上を指す短針を長針が追い越してしまうような時間で、まぁ簡単にいうと正午だ。
 遊佐を促して歩き出すと、俺の意志とは反して遊佐は動かず、その場に立ち尽くした。
 「どうした、あまり腹減ってないのか?」
 「いえ、そういうわけでは、ないのですが……」
 口ごもるように言葉を濁して、遊佐は視線を地面へと向ける。
 「あの時は承諾しましたが、やはりご馳走になるのは悪い気がしたので」
 まさか遊佐は今更になって遠慮してるのか。なんというか、純心なやつだな。
 「俺がおごらせてほしいって言ってるんだから気にすんなよ。それとも腹減ってないのか?」
 どうせ食券も、トルネードで拾い上げたものだからな。別に自腹でも遊佐一人分おごるのは問題無いのだけど。
 遊佐はうつむいたまま言う。
 「そうではなくて、もしかしたら条件を満たせない可能性があるといいますか……あなたを騙すような事になるかもしれないので……その、」
 そこで、ぐぅ、と腹の虫が声をあげた。発生源は遊佐だった。
 「ほら、お前も腹減ってんじゃねぇかよ。そうと決まればさっさと行こうぜ」
 再び、ぐぅ、という気の抜けた音。もちろん発生源は遊佐だ。
 その音を返事ととって、俺は遊佐の手を取り焼却炉を背に歩き出した。
 最初は躊躇していた遊佐だったが、観念したのだろうか、俺の背後に隠れるように歩き出した。
 そのままコンクリートの壁を折れる。そうすると、目の前には校舎が見える手はずになっているのだが、校舎の通用口からこちらへと歩いてくる人影を見つけた。
 小柄な体格で、身体の半分を覆うくらいのごみ箱を抱えてあるいてくる制服姿を見て女生徒だということは分かった。
 一般生徒の制服を着ているので戦線メンバーでは無いようだ。
 目をこらしながら近づいていくと、肩にかかる銀色の髪を揺らしながら、凛とした表情で歩いているその女生徒は、まぎれもなく天使だった。
 「げ、マジかよ……」
 反射的に遊佐を背後においやり、歩を止めて、警戒しながら身構える。
 すぐに襲ってこようものなら、反撃するなり逃げるなりと方法をとる事ができるが、相手が何をするか分からない今、こちらが後手に回って相手の出方を伺うしかない。
 天使はそのまま歩き続け、俺達の横までたどり着くと、横目で俺の顔を見た。視線が合い、思わず後ずさる。
 まさか、いきなり斬りかかってきたりしないだろうな……。
 だが、天使は俺から視線を反らして前に向けると、歩を止めることなくそのまま焼却炉の方へと歩いて行ってしまった。
 彼女の背後を見送りながら、真っ白になっていた頭が思考回路を働かせ始める。
 そうか。そういえば今は昼休みか。
 俺達が敵であろうと、彼女にとっては授業をサボってなければいいのだろうか。
 もっとも、こちらから襲いかかろうものなら、まっさきに反撃されそうだけどな。
 「………」
 遊佐はというと、表情を一つも変えないまま、俺の背後から無言で天使を見続けていた。
 一人身構えていた俺がバカらしく思えてくる。
 「……くそ、腹減った」
 大小様々な雲がちりばめられている青空を見上げ、そいつに向かってごまかすように吐き出した。





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