その後は順調に歩を進めることができ、階段をひとつ、また一つと下っていき、いよいよ岩沢の部屋がある階までたどり着いた。
 後は廊下を抜けて、部屋の中に入ればゴールなのだが、この最後の階が逆に難関と言ってもいい。
 なぜかというと、その理由は二つある。
 まず一つ目。停電から時間が経っているためか、逆に廊下にいる生徒達の数が減っている。
 それもそのはず。停電時ではあまりに異常な事態のため生徒達が混乱して、情報を集めたり、いざという時に備えて廊下へと赴いたが、それもただの停電だと知り、安心した生徒達は自室へと戻っていったことだろう。これが火災や何かしらの二次災害を引き起こすものが原因ならまだしも、ただの停電のみと分かれば、復旧するのを待てばいいだけだ。
 夕食時ならまだしも、就寝時間なのだから暗くてもさほど問題は無いし、時間が経てば復旧すると考えれば、寝てしまった方が得策といえよう。仮に朝になっても未だ復旧していなければ、既に日が昇って明るみだから、その時にすべき事を考えればいい。
 そういう意味で、生徒達が次々に自室へと戻っていくのはいいことだが、先の関根みたいに、こういう非常時だからこそ活動するべきだと考えるやつもいる。
 いたずらというほどハメを外さなくても、ただ廊下をうろついてみたり、起きている他の生徒達と廊下で駄弁ってみたり、安全だと分かっているからこそ好奇心と興味本位で停電の原因を探ってみたりと、こういう状況を楽しもうとするやつらが結構いるようだ。
 そいつらは勝手にやらせておけばいいのだが、俺達からすれば、人の数が中途半端になっていくほど、更に行動しづらくなる。
 歩くのが難しいくらいの人混みなら、目撃者となる一般生徒達が逆に壁となってくれる。その上、月の光も当たらないほどの暗闇なので、身を潜めて行けば例外を除き見つかる事はない。言うなれば、木を隠すなら森の中、というやつだ。
 しかし、その人混みが少なくなると、逆に覆い隠すものが無くなってしまうため、人に発見されやすい。
 それも少ないのなら少ないでいいのだが、中途半端に人がいると、やはり発見できる人数が増えるため、一番行動しづらい。
 そして二つ目は、生徒会長の部屋−−つまりは、天使の部屋がこの階にあるということだ。
 ここまでの大騒ぎだ。天使が自室でおとなしくしていると考える方が浅はかといえるだろう。
 もし天使に見つかってしまったら、それこそ一発でゲームオーバーだし、他の女生徒に見つかっても、近場にあるということで女子寮長室よりも真っ先に生徒会長である天使の部屋に連行されてしまうだろう。
 そうなれば、岩沢は逃がす事ができるとしても、俺の身はどうなるのか……。最悪、天使に尋問されて物言えぬ身体にされるか、修正されて消されかねない。良くても、日が昇る時間までは解放してくれないだろう。
 そういう意味で、さっきよりも更に緊張感が増す。
 「よし、今なら人が少ないから、どうにか行けそうだ。準備はいいか?」
 岩沢が壁越しに廊下の先を伺う。
 別に女子寮にいても問題のない岩沢は、わざわざ隠れる必要もないとは思うのだが……これも彼女なりの楽しみ方なのだろうか。
 岩沢の問いに対して、俺は無言で頷いた。
 「じゃ、一気にいくよっ」
 岩沢が、リノリウムの床を蹴って走り出す。
 俺もそれに続いて、勢いよくかけだした。
 身をかがめて、岩沢の背後に隠れるように、人の間をくぐり抜けて暗中の廊下を進んでいく。
 しかし、突然俺の目の前を人影が遮った。
 「あ、あぶねっ!」
 どんっ!
 あまりの出来事に、止まることすらままならず、俺はその人影に勢いよく突っ込んだ。
 視界が反転して、堅い廊下に打ち付けられると思われたが、何かがクッションとなってそれは阻まれた。
 痛みは無かったが、右手に違和感がある。俺はそれを探るように握ってみた。
 ふにっ。
 ものすごく柔らい。好奇心のあまり、もう一度握ってみる。
 ふにっ、ふにっ。
 この世のものとは思えないその感触に、やみつきになる。
 その正体を暴くため、目線を右手の方へとやる。
 俺の右手はふくよかな物に覆い被さっており、目線を上に上げると、細い首が上へと伸びていた。
 その首の先の顔をゆっくりと伺う。
 「………」
 「うわあぁあっ!」
 俺は思わず飛び退いた。
 「……てごめですか?」
 「ち、ちがうっ」
 慌てて右手を放し、廊下へとへたり込む。
 どうやら俺は、衝突した女生徒をそのまま押し倒して、その上にまたがっていたようだった。
 しかもその女生徒が、あまりに意外な人物だったことには、更に驚きを隠せなかった。
 暗がりの中、あまり抽象的に特徴を捉えることはできないが、金髪のツインテールにフリフリの白いワンピースを着たその彼女は、同じ戦線メンバーである遊佐だった。
 そのワンピースは寝間着なのだろうが、普段は制服姿しか見たことのない彼女の私服を見ると、岩沢と同様、やはり冷静な面持ちではいられなくなる。
 戸惑っている俺をよそに、遊佐は何事も無かったかのような冷静な目で、俺を一瞥する。
 「………」
 なぜこんな時間に、男である俺が女子寮にいるのか、といった事を訴えかけるような目だ。
 何か言いたそうに俺へと視線を送るが、それでも遊佐は口を開こうとはしない。
 まさか、胸を揉まれた事を怒っているのだろうか。それで言葉にならないほどの怒りを見せているのなら納得がいく。
 「いや、違うんだ。あれは不可抗力というかさ……。あまりの柔らかさに驚いたというか……」
 って、何を言っているんだ俺は。
 いや、確かに遊佐の見た目以上の胸の大きさには驚いたし、今でも右手にその感触が残っているが、今はその余韻に浸っている暇はない。
 しかも、人目がつく廊下だ。幸い誰も俺達に気をかけてはいないが、誰かに発見されて騒ぎになるのも時間の問題だ。
 俺は遊佐の手を掴んで、逃げ込むように近くにあった廊下の女子トイレへと連れ込んだ。
 飛び込むように中へ入ったが、幸い、中に人は誰もおらず、もちろんトイレの中の電気もついてはいない。
 静まりかえる密室の中、蛇口から落ちる水滴の音だけが、規則的に鳴り響いている。
 不覚にも、ワンピースの丈から伸びる、遊佐の少し汗ばんだ白い腿に目がいってしまう。
 静寂の中、遊佐が口を開いた。
 「……気持ちは分かりますが、こういうのは心の準備がいると思います」
 「なんの話だ」
 「てごめじゃないんですか?」
 「違う。誰がんな事するか」
 「では、この時間にこんな場所で何をするんですか?」
 無垢な瞳で、表情を変えずに遊佐が俺に問いかける。
 確かに、深夜の人気のない女子トイレに連れ込まれたときたら、誰だって身の危険を感じるものだが、あいにく俺は、遊佐に何をしようとは思わない。
 だが、ここでうまく彼女を納得させなければ、無事に岩沢の部屋へ行くこともままならない。
 適当なことを言ってはぐらかしてみるか?
 だが、戦線の名オペレーターである彼女に、俺のはったりが通用するだろうか。
 恐らく、頭を使うことに関しては、彼女の方が一枚も二枚も上手だろう。
 考えあぐねている俺に、何かを悟ったのだろうか、遊佐が再び問いかける。
 「……ゆりっぺさんの指示ですか?」
 恐らく遊佐は、俺が何かしらの作戦でこの女子寮に潜入していると見たのだろう。
 ここで頷けばこの場は収まるのだろうが、後にゆりに確認を取られては、すぐに裏を取られてしまうどころか、俺が真夜中に女子寮にいたことがゆりにばれてしまうから、それだけは避けなければならない。
 諦めて真実を話す事が得策なのだろう、と俺は悟った。
 「……分かった、本当の事を全部話すよ。ちょっと言い出しづらいけどな」
 「やはり、やましい事ですか」
 「ちげーよっ! いいから聞けっ」
 俺は遊佐に、事の発端から何まで全てを打ち明けた。
 「岩沢さんがですか……それは少し意外でした」
 「ああ。俺もあいつが何を考えてるのか分からねぇが、成り行きでこうなっちまったからな。もう行くところまで行くさ」
 「いくところというのは……やはり、」
 「やましい事じゃないからな」
 「まだ何も言ってませんが……」
 「あ、そう……」
 紆余曲折をえたが、遊佐はどうにか納得してくれたようだ。
 そうなれば長居は無用だ。この女子トイレに誰かが来る可能性もあるから、早々に退散を決めたほうがよさそうだ。
 廊下へ出ようと扉に手をかけたが、そこで一つ言い残していた事に思い当たり、再び遊佐の方へと向かい、釘を刺しておく。
 「分かってるとは思うが、この事は他言無用だからな」
 すぐに頷いてくれると思ったが、遊佐はわずかに困った顔をして、
 「……ゆりっぺさんにもですか?」
 「ああ、ゆりっぺさんにもだ」
 ある意味、そのゆりっぺさんが一番やっかいだと言えよう。
 今度は、遊佐は迷わずにはっきり断言する。
 「それは、約束できません」
 「どうして」
 「他の方になら言うことはありませんが、ゆりっぺさんには伝えなくてはならない義務がありますので」
 それがオペレーターである彼女の務めなのだろうか。それとも、それほどにゆりに対する忠誠心があるのだろうか。その真意は測りかねるが、それでもこの場を引くことはできない。
 「どうしても、って言ってもダメか?」
 「はい。私もあなたの気持ちは察しますが、それでもです」
 まさか、ここまで遊佐が頑固だとは思わなかった。普段、端から見ているだけでは分からない彼女の本心を垣間見た気がした。
 こうなれば、最後の手段しかない。この手はあまり使いたくなかったのだが……。
 俺は遊佐の肩に手をかける。同時に、遊佐の肩がわずかにピクリと動きをみせた。
 そのまま顔を近づけて、俺は言い放った。
 「……今度、肉うどんおごってやるから、それで勘弁してくれ!」
 ああ、我ながらアホだと思う。そんなので説得できるのは松下五段くらいなものだ。
 そんな俺のアホな説得に、遊佐は、
 「……分かりました。それで手を打ちましょう」
 いいのかよ!
 さっきまでの強情な意志はどこにいってしまったんだ? と聞き返したくなるが、彼女が納得したのだから、ここは黙っておくことにしよう。
 「よし、交渉成立だな。さっきも言ったが、ゆりにも内緒だからな」
 「はい。不本意ではありますが、あなたの立場を考えて、今回は見なかった事にします」
 「そっか、悪いな。だが、俺の立場なんかどうでもいいから、岩沢の事を案じてやってくれ。俺なんかを連れ込んでたとなると、あいつの立場がないからな」
 最近はあまり実感が沸かないが、ああ見えて岩沢は、全校生徒に人気があるガールズロックバンドのリーダーだ。
 そこら辺の一般生徒となんら変わりない立場の俺とは違う世界にいる彼女に、不祥事があってはならない。
 本人はそれを分かっているのかは知らないが、俺が遊佐を頑なに説得したのもそのためだと言ってもいい。
 「見かけによらず、優しいんですね」
 「ほっとけ」
 ようやく問題が解決したと見えて、俺はその場を後にする。
 扉に手をかけて開こうとしたが、
 「……ちょっと待ってください」
 再び遊佐に呼び止められた。
 「なんだよ、まだ何かあるのか? やっぱ肉うどんだけじゃ嫌か? それなら一緒にカレーライスもセットでつけてやろう」
 肉うどんとカレーライスのセット。これなら大の男でも動かないやつはいないだろう。
 明日の昼は豪勢な食事になりそうでなによりじゃないか。
 「違います。岩沢さんの部屋の場所は知っているんですか?」
 そこで俺は固まる。
 そういえば、遊佐と話し込んでいる内に、すっかり岩沢を置いてきてしまった。正確には、置いて行かれたのは俺だろうが。
 その岩沢無しで、さらに危険度が増す女子寮の廊下を闊歩する勇気はないし、そもそも遊佐が言ったように、この階にあることが分かるだけで、正確な部屋の位置は分からない。
 「それでしたら、私が岩沢さんの部屋まで案内します」
 俺の思考を悟ったかのように、遊佐がそう切り出した。
 「いいのか? 何かあったらお前も巻き添えを食らうことになるんだぞ?」
 「大丈夫です。その時は、あなたがどうにかしてくれると信じていますので」
 「……ったく、言ってくれるな。分かった、じゃあ案内頼むぜ」
 「はい。頼まれました」
 そう言って遊佐は、廊下へと続く扉をゆっくりと開き、辺りを見回す。
 確認の後、俺を促して一緒に女子トイレを後にし、岩沢の部屋へと向かった。



 途中、何度か一般生徒に遭遇しかけたが、遊佐の指示によってうまく回避することができ、何事も無く岩沢の部屋の前までたどり着けた。
 遊佐に別れを告げて、俺は岩沢の部屋の扉の前に立つ。
 目の前にゴールがあるのだが、途中で俺がはぐれてしまったため、もしかしたら岩沢はまだ俺の事を探し回っているかもしれない。
 だが、ここで岩沢を捜しに出歩くのは得策ではない。
 岩沢には悪いが、部屋で待っていれば時期に戻ってくるだろう。
 そう思い、俺は扉のドアノブに手をかけてひねると、以外にも、扉はすんなりと開いた。
 既に岩沢は帰ってきてるのだろうか?
 俺は明かり一つない岩沢の部屋へと足を踏み入れる。
 暗がりの中、足下に注意しながら歩を進めていくと、次第に歌が聞こえてきた。
 透き通った声と同時に、ソリッドギターから発せられるシャンシャンとした弦をストロークする音が混じる。
 廊下から部屋に入ると、月明かりだけが照らす部屋の中で、窓に向かってギターを弾きながら鼻歌を歌う岩沢の姿があった。
 その月光がまるでスポットライトのようで、ステージの上で一人、大勢の観客の前で弾き語りをする岩沢の姿が脳裏に浮かんだ。
 俺はそれに聞き入って、岩沢を背後から見続けていた。
 やがてその歌が終わり、頃合いを見て俺が岩沢に穏やかに呼びかける。
 「−−岩沢」
 その問いかけに、岩沢はゆっくりと振り返り、
 「わ、びっくりした」
 台本の台詞を棒読みしたように、岩沢が返すが、その仕草があまりにもわざとらしい。
 「もしかしてお前、俺の存在を忘れてたんじゃないだろうな」
 大方、俺とはぐれてから探し回ってはみたが見つからず、諦めて自室に帰って俺を待っていたが、暇つぶしに視界に入ったギターを弾き始め、気がついたら熱中していた、というところだろう。
 「まさか。音無ならたどり着いてくれると思ってたよ。今更だけどさ、私、あんたの事を結構信用してるんだ」
 「……ったく、調子のいいこと言いやがって」
 呆れて、頭をポリポリとかく。
 「ま、そんなことはどうでもいいからさ、こっち来なよ」
 そう言って、岩沢は自分の隣の床をポンポンと叩く。
 俺は促されるまま、岩沢の右隣へと歩を進めて、腰を落ち着かせた。
 窓から降り注ぐ月光が、俺と岩沢を照らし続け、俺の左隣で、岩沢は闇夜に浮かぶ月に見入っている。
 肩と肩が触れあう距離。
 ギターを構えたまま、岩沢は悲壮感を漂わせた面持ちで夜空を見続け、俺はその岩沢の顔に見とれている。
 整った顔立ち、鋭くはあるが時折優しい色を見せる瞳、細くて弾力のありそうな淡色の唇、襟足が肩にかかる程度の長さをした、柔らかく、サラサラで艶のある毛髪。
 それがそのまま、俺の肩口に寄りかかり、岩沢は小声で呟いた。
 「……こうして二人で月を見てるとさ、なんだか私達って、まるで……」
 恋人同士みたい、か?
 だが、岩沢はそれ以上の言葉を言うことは無かった。
 ただ、俺に体重を預けて、黙り混む。
 二の腕が岩沢の体温を直に受けて、妙にむずがゆいが、それを払いのけたいとは思えない。
 こういう時、男の俺はどうするべきなのだろうか。
 優しく頭を撫でてやるべきか、それとも本能に身を任せて、思うがままにしてしまうべきか。
 岩沢の左肩を掴み、俺の元へと引き寄せる。
 「なぁ、岩沢。あのさ、俺……」
 問いかけては見るが、その後の言葉が見つからない。
 「……いいよ」
 「え?」
 岩沢が、俺の目を見つめながら囁く。
 「いいって、何が……?」
 訊き返すが、岩沢は口を閉ざしたまま、俺を見つめ続ける。
 その眼差しが、これ以上言わせるな、と言っているようにも思えた。
 停電中で、月明かりしかささない暗がりの個室で、男女二人同士。
 水をさすやつなんてどこにもいない。
 ただでさえこの状況なのに、それに相俟って、岩沢の髪から匂うシャンプーの香りが、さらに俺の理性を惑わせる。
 お互い、見つめ合い、さらに身を寄せ合う。
 徐々に顔を近づけていくと、岩沢が俺を受け入れるように目を閉じた。
 それにあてがうように、唇を重ねようとした−−その刹那。
 部屋の明かりが灯った。
 「………」
 蛍光灯が部屋中を、二人の姿をさらし者にする。
 顔前にある岩沢の顔をまじまじと見ると、俺がさっきまで何をしようとしていたのかを冷静に悟り、これ以上顔を近づけることに戸惑いを覚えた。
 岩沢も、俺の豹変ぶりに気付いたのか、ゆっくりと瞼を開く。
 二人の顔同士が十センチほどの距離で、二人の目が合い、それにともなって徐々に岩沢の顔が赤面していき、
 ガスッ!
 俺の顎にヘッドバッドをくらわせた。
 「のぉおおぉおおおーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 顎を押さえながら、俺は悶絶して床を這いずりまわる。
 「あ、う……その、ご、ごめんっ」
 岩沢は俯いたまま、部屋を飛び出していった。
 再び静けさを取り戻した寮の一室。たださっきと違うのは、つくはずが無かった明かりが灯っており、その中で悶絶している俺の滑稽な姿だけがあることだった。
 ようやく痛みが引き、床に座りなおす。
 「……しっかし、まぁ……」
 なんとも、場の空気が読めないやつだ。
 誰それと名指しができる相手ではないが、もう少し待ってくれてもいいだろうに。なぜ、こんな絶妙なタイミングで停電が復旧してしまうのだろうか。
 俺は、本当にそいつが存在するのだとしたら、神様という大馬鹿野郎を呪った。
 立ち上がって、顎をさすりながら窓枠に寄りかかり、外をうかがう。
 案の定、いつもは常時灯っているわずかな数の街頭は明かりを取り戻しており、首を伸ばして隣の男子寮を見ると、何室か明かりが灯っているのが伺えた。
 そして、頭上には先ほどとは何も変わらずに、満月よりわずかに欠けた月が浮かんでいた。
 呆然と月を眺めていると、無意識に岩沢の顔が思い浮かぶ。
 視点が定まらないほどの距離にあった、岩沢のリンゴのように赤くなった顔が忘れられず、思わず顔がにやける。
 そういえば、あんなに顔を真っ赤にして取り乱した岩沢を見るのは初めてだ。
 クールビューティーと謳われた岩沢のあんな姿を見たことがあるやつは、ガルデモメンバーを除けば恐らく俺くらいなものだろう。
 独占欲と照れくささで顔がにやけるが、それも夜風にさらされて自然にほどける。
 冷静な面持ちで、俺は大きなため息を一つ吐き、
 「あいつ、戻ってくるかな……」
 闇夜に浮かぶ月に向かって、そう問いかけた。





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