「音無、どれにする?」
 机の上に、埋まるほどの食券が不規則に並べられており、その量は軽く30枚は越えている。
 机の向かい側に岩沢が座り、隣の席にはギターケースを座らせた。
 俺は岩沢につれられて、閑散とした食堂に来ていた。
 ほとんどの生徒は帰宅するか部活動に赴いており、周りに生徒の姿はほとんどない。あと二、三時間ほどすれば夕食を食べに生徒たちで溢れかえるのだが、時間は17時前。中途半端な時間だ。
 岩沢がなにかおごってやると言って、鞄の中から食券を取り出して机の上に並べた。
 驚くべきはその量だ。俺たちは食券を買うことができないのに、どうしてそんなに持っているのか。まぁ普通に食券を買える一般生徒はこんなに買いだめする必要はないのだが。
 「陽動ライブをやる度に、ギャラとしてゆりからもらうんだ。ファンの子たちからももらえるし」
 なるほど、それでこんなに貯まっているのか。今後食券に困った時は岩沢に相談することにしよう。
 卓上の食券を一枚手に取る。それには親子丼とかかれていた。
 「それにするの?」
 「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 岩沢は食券を選んでいる俺をおもしろそうに眺めている。
 正直、俺は今あまり腹が減ってはいない。だがおごってくれるということなので、お言葉に甘えることにしよう。夕飯の食券も浮くしな。
 「岩沢はどれにするんだよ」
 食うものが決まらないので、先に促してみる。
 「まだ決まってないから先に選んでいいよ。私はあまりものでいいから」
 「あまりものも何も、俺がどんだけ食うと思っているんだ。一週間分はあるぞ、この量は」
 そういうセリフは松下五段や野田相手に言って欲しい。
 「やっぱり丼物にするかなぁ……」
 岩沢は顎に手を当てて並んでいる。
 そこで俺に一つのアイディアが思い浮かんだ。
 「じゃあ神経衰弱をしよう」
 「なんだそれは。新しいメニューか?」
 「違う。トランプでやる神経衰弱だ。あれを応用して今日のメニューを決めようぜ」
 方法はこうだ。
 まず食券を主食と汁物とおかずとデザートに分ける。
 四分割にしたそれを、裏返しにして別々に並べる。
 そこから一枚ずつ引いて、食券に書かれている食事をあわせたものが今晩のメニューになる。
 「おもしろそうだな。やってみよう」
 岩沢が食券の選別を始めた。俺もそれに続いて並べ始める。
 うまく四分割されると、いよいよ神経衰弱の始まりだ。
 どちらから始めるかと聞くと、岩沢は何も言わずに拳をつきだした。
 なるほど、じゃんけんか。
 結果は岩沢が先行で俺が後攻となった。
 「先に言っておくけど、選び直しは無しだからな」
 後でもめると面倒なので、先に俺が加えてルールを追加しておく。
 「分かってるよ。そうじゃないと面白味がない」
 まずは岩沢が引き始める。
 かく種別から一枚ずつ、計四枚引き終わると、それを机の中央に表向きにして並べた。
 主食が牛丼で、汁物があさりの味噌汁。おかずが野菜炒めでデザートはナタデココだった。
 ヤマカンでやってみたものの、結構バランスのいいメニューに仕上がっている。
 「さ、次はあんたの番だ」
 岩沢に催促されて俺も続いて引き始める。
 計四枚引いて、机の中央に表向きにして並べた。
 主食がモツ煮丼・うどんセットで、汁物がコーンスープ。おかずがナンでデザートはおはぎだった。
 「あんた、すごい雑食だなっ」
 「ちげぇよっ!」
 岩沢が笑いをこらえている。
 しかし、岩沢はこらえきれずに食堂に響き渡るほどの大笑いをかました。そうとうツボに入ったようだ。
 「音無、選び直しは無しだからなっ……」
 「……わかってるよ」
 まさかここまでうまく外れてくれるとは思わなかった。
 「つか、おはぎってデザートなのか?」
 「中がご飯でもあんこか、きなこで包んであるからな。甘いし一応デザートに分類しておいた。ナンの方は、それ単体では主食にならないしデザートでも無いからおかずね」
 「ナンってちゃんとカレースープがつくんだよな」
 「いや、つかない。普通ナンを頼むやつはカレーと一緒にに頼むか、単体でカレースープやホワイトソースを頼むから」
 ソースとパンが別売りってか。確かにその方が自由度はあるが、少しは俺みたいなヤマカン野郎の事を考えてくれ。
 もちろんそんな事を考えてメニューを決めるやつなんて、食堂の従業員には一人もいないはずだけど。

 他の食券を片付けて、神経衰弱で決まった食券を片手にカウンターへ並ぶ。
 「おはぎの方はあんこときなこ、どっちにするんだい?」
 食券を束ねたおばちゃんに聞かれる。
 ただでさえ主食が丼物とうどんのセットだ。あまり重くならないほうがいい。そうなるとあんこよりも多少は甘みが少ないきなこを選んだ方が得策だ。
 「あんこで」
 「はいよ」
 隣で並んでいた岩沢が先に答えていた。
 「お前なっ……!」
 「はははっ、先に机に戻ってるぞ」
 俺より先にメニューが出揃った岩沢が逃げるようにカウンターを離れて席に向かった。
 やけに楽しそうだな、あいつ……。
 俺の方はやっかいなメニューばかりなので、まだ時間がかかりそうだ。
 カウンターにもたれかかってキッチンの方を眺めていると、
 「あの子はあんたのコレかい?」
 小指を立てて、エプロンを着たおばちゃんが尋ねてきた。
 「ち、違う。ただの友達だっ」
 「そうかね。あたしからは仲のいいカップルに見えたよ」
 「そりゃどうも」
 次々に食事が盆の上にのせられていく。
 「そういやさ、あんた他の生徒と制服が違うけど、不良さんかい?」
 おばちゃんが不思議そうに俺の制服を眺めて言う。
 「まぁそんなもんだ」
 否定はしない。あれだけ銃器をぶっ放したり騒ぎ立てたりしてるんだから、不良生徒と同じようなもんだ。
 ある意味普通の不良生徒よりタチが悪いかもしれない。
 「あたし知ってるよ、確かSSSってやつでしょ? 色々と暴れてるから学校中では有名だよ、あんたたち」
 最後のメニューであるモツ煮丼を持ってきた別のおばちゃんが言った。
 確かにあれほど好き勝手に暴れていれば注目の的にならない方がおかしい。
 というかNPCでも、噂をはやしたてたりするんだな。異常な行動を起こさない以外は本当に普通の人間とはなんら変わりないようだ。
 盆を持って立ち去ろうとした時、最後におばちゃんが、
 「SSSって何をする集団なんだい?」
 改めて聞かれると返答に困る。説明するには三十分ほどの時間を要する。
 だから俺はこう答えた。
 「アイドルグループです」

 モツ煮丼を食べ終えて、うどんにさしかかったところで箸が止まった。
 「……きつい」
 「早く食べなよ。時間がないんだ」
 まだナンも、あんこのおはぎも残っている。
 岩沢はそんな俺を突き放すように、牛丼と野菜炒めを徐々に消化しにかかっている。
 俺も負けじとうどんをすすった。
 「そういえばさ、なんでこんな早い時間から夕飯を食べるんだ? 昼飯抜いたのか?」
 「夜は長いからな。ちゃんと食っておかないと途中でへばってしまう」
 話ながらも岩沢は箸を止めることはない。
 どんぶりを持ち上げて、牛丼を流し込んでいる。
 「夜って、これからなにかあるのか?」
 「六時からバンドのリハ」
 「やけに遅い時間からやるんだな」
 「ちょうど文化系の部活が終わる時間だからね、校舎の生徒もほとんどいなくなるからやりやすいんだ」
 牛丼を片付けて、半分くらい残っている野菜炒めに取りかかり始めた。
 俺もコーンスープにナンを浸して無理矢理流し込む。
 「音無も来るでしょ?」
 決定事項となっているようだ。
 「だめなの?」
 「いや、大丈夫だけど部外者の俺が行ってもいいのか?」
 「かまわない。みんなも喜ぶよ」
 食べ終わってから食器をカウンターに持って行き、岩沢が鞄から再び食券を取り出すと、そこから総菜パンやサンドウィッチを選んで数人分の軽食を買った。
 それを俺が持って、自販機で適当にペットボトルのお茶やジュースを五本買い、練習場所である空き教室へ向かった。



 「う、ぐ……重いっ……」
 40kg近くあるベースアンプを床に置いて俺は倒れ込んだ。
 これだけならまだいい。今までで何度空き教室と音楽室を往復したことか。
 ギターのスタックアンプのヘッドを持つくらいは余裕だったが、ギターのキャビネットアンプとベースアンプは、さすがに二人で別々に運んだ。  さらに、その疲労した身体に鞭を打ってバスドラムを運んで、スネアとタムを一度に抱えて歩いて……、
 岩沢にはできるだけ重い物を持たせないように、ドラムのシンバル類とマイクスタンドを分けて運んでもらった。
 この重労働を片付ける時にもう一回やると思うと気が重い。
 「片付けはしなくても大丈夫だよ。前に音楽室で練習した時に運んだだけで、基本的にはここに置きっぱなしだから」
 「そうなのか? それはよかった……。前回はどうやって運んだんだ?」
 「四人で一つずつ運んだよ。一時間くらいはかかった」
 毎回機材を移動させる度に女四人で運んでいるようだ。
 今日は俺が来て正解だったな。それともまさか、岩沢はそれを見越して俺を誘ったのか?
 ……食券でうまく懐柔されてしまった。
 「あれ? 知らない人がいるよ。新メンバーさん?」
 扉が開き、ベースを肩にかけた元気そうな少女と、スティックを両手で丁寧に持ったおっとりした少女が現れた。
 ベースを持った少女は俺を見下ろすようにして不思議そうに眺める。
 「ああ、雑用兼カスタネットの音無くんだ。あんまりいじめてやるなよ」
 「誰が雑用だ」
 「じゃあカスタネット?」
 岩沢の紹介にベース女が突っ込みを入れる。よく分からないが人間第一印象が重要だ。ここでなめられるわけにはいかない。
 俺は立ち上がって胸を張って答えた。
 「ああ。今はカスタネットに成り下がったが、生前はちゃんと音楽をやっていた」
 もちろん嘘だ。俺には記憶がないし、今現在楽器なんて弾けない。
 「なんの楽器をやっていたんですか?」
 ベース女の隣で聞いていたドラム女が投げかける。
 「ボイスパーカッションだ」
 はい、これも嘘。
 「へぇ〜、よくわかんないですけどパーカッションだったら、私のドラムと同じ感じですね。主にリズム楽器を?」
 「ああ。死ぬ間際まではドラムをやっていたな。もう素手でドラムを叩いていたほどだ」
 「ええぇっ!? じゃああなたの生前はジョンボーナム!? だ、大ファンなんですっ、握手してくださいっ!」
 誰だそれは。とりあえずドラム女と熱い握手を交わした。
 「じゃあ、みゆきちはドラム降板だねー。カスタネットやる?」
 ベース女が棚からカスタネットを取り出してドラム女に差し出した。
 戸惑うドラム女の眼前にあるカスタネットを俺が手に取る。
 「言っただろ? 俺は今カスタネットしかできない。もうドラムは……叩けないんだ……」
 もの悲しげな顔をしながら、俺はカスタネットを二回叩いた。
 「そ、そうなんですか……それはお気の毒です。でも今度ドラム教えてくださいねっ」
 「ああ、任せろ。その時は最高のフィルインを教えてやるぜ」
 親指を立ててグッドサインを出した。
 そんな俺たち三人の光景を、岩沢はアホを見るような目で見ていた。

 「そういえばひさ子は?」
 18時を過ぎて、準備を始めている二人に対して、エレキギターのチューニングをしている岩沢が聞く。
 「ひさ子先輩は空き教室使用のための申請をしに行っているので、そろそろ来るかと……」
 ドラム女がタムの位置を調整しながら答える。
 ひさ子とは、恐らくもう一人のギターの子だろう。岩沢の右側にもう一つ未使用のギターアンプが用意されている。
 結局三人の準備が終わっても、その四人目はまだ現れなかった。
 「ひさ子先輩遅いですね。先に始めちゃいますか?」
 「……そうだな、じきに来るだろ。時間がもったいない、始めよう」
 ベース女の問いに返答すると、岩沢はギターを思いっきりかき鳴らした。
 「……いよいよ俺の出番か」
 俺はカスタネットを左手にはめて立ち上がり、岩沢の横についた。
 「で、俺はいつ叩けばいい?」
 「あんたは座ってな」

 岩沢の何かを訴えるような歌声。目立ちすぎず、かつ的確にメロディを走らせるベース。時には激しく、時には跳ねたり起伏が激しいがノリのいいドラム。
 音楽のことはよく分からないが、聞いているだけで身体がうずいてくる。
 気がつくと、俺も踵でリズムを刻んでいた。
 なるほど、確かに全校生徒に人気があるというものうなずける。
 これでもまだギターが一人いない未完成な状態だ。
 俺は完全に彼女たちの音楽に飲まれて、正面の椅子に座って無心で聞き入っていた。
 演奏が終わると同時に、教室の後ろの扉が開いた。
 「ごめん、遅れた。申請に戸惑ってさー、でも一応通ったから大丈夫だよ」
 ギターを肩にかけた、ポニーテールの少女が教室に入ってくる。
 「悪いね、ひさ子。でも無理して申請する必要もなかったのに……どうせいつもは無許可でやってんだから」
 「形だけでもやっておかないと後で面倒でしょ。それで、こいつは誰?」
 ギター女が俺に指をさして聞くと、ドラム女が、
 「カスタネットで元はドラマーの、ジョンボーナムさんで音無さんです」
 意味が分からん。もちろんギター女も困惑している。
 「えっと……ジョン音無くん? 悪いけど今うちは新メンバーは募集してないんだ。特にカスタネットはね」
 「音無だ。それと俺は見学だ。誰がカスタネットなんかやるか」
 「え、違うんですかっ?」
 「当たり前だ」
 否定されて戸惑っているドラム女を見て、ベース女は隣で腹を抱えて大笑いしている。
 それを見ていた岩沢がまとめにかかった。
 「じゃあ四人揃ったことだし始めよう」
 ギター女がチューニングを終わらせて、アンプで音作りを始める。
 岩沢が音のバランスの指摘を始めて、時折俺にも尋ねてくる。
 俺には完璧に聞こえるんだが、何も言わずに大丈夫というのもつまらないので、適当にキーボードの音量が低い。と言っておいた。
 ちなみに、このバンドにはキーボードはいない。
 準備がそろったところで、岩沢が真正面に座っている俺に向かってマイクで語り始めた。
 『−−今日は来てくれてありがとう。小さなステージで一人しか客はいないけど、楽しんでいってください』
 俺は手が痛くなるほどの勢いで拍手を送ってやった。
 体育館でやるライブとは違う、まるでストリートライブのような雰囲気。
 それでも岩沢が一言喋るだけで、ここが体育館やライブハウスのように思えてくる。
 それほどの存在感と実力を持っているのだ。岩沢は……いや、このバンドは。
 『そういえば、メンバー紹介がまだだったな……。ドラム、入江』
 タムとスネアを使ったフィルインが鳴り響く。最後にクラッシュシンバルを一つ鳴らしてしめた。
 『ベース、関根……。リードギター、ひさ子』
 ベースとギターでユニゾンフレーズを弾く。途中でギターが速弾きを始めて、最後にチョーキングを鳴らした。
 『んでもって……リズムギター&ボーカル−−岩沢』
 ギターのコードストロークが鳴り響く。
 それにリードギターとベースとドラムが入って、曲が始まった。
 空き教室を飛び出して、校舎中に音が響き渡る。
 全校生徒に人気があるこのバンドの音楽を、俺は今独り占めしている。
 こんなにも贅沢な事はない。
 呆然と見ている俺に、岩沢が手を差し伸べる
 『来いよ、音無』
 それは憧れのアーティストがライブ中に、一般客をステージに引き上げるパフォーマンスに似ていた。
 その一般客が俺なのだ。
 他のファンはうらやましそうに見ていて、それでもみんながはやし立ててくれて、何一つ取り柄のない俺なんかが一人だけ憧れのアーティストと同じ舞台に立って……。
 とても夢のような光景だった。ステージから手を差し伸べる彼女が、まさに天使のように見えた。
 だから俺は……、
 「……ああっ!」
 彼女の手を取って、一緒に歌い始めた。
 歌なんて呼べるほど器用なものじゃないけれど、ただの叫び声だけど、一つの歌ができあがっていく。
 最高に……気持ちがよかった。



 「よし……ここで休憩にしよう」
 岩沢が、いの一番にギターを下ろしてスタンドに立てかけた。
 「は、早くないか? まだ二曲しかやってないぜ……」
 俺は叫びすぎて、既に虫の息となっていた。
 それでも駄々をこねてみるが、言ってみれば勝手に乱入した俺が彼女達の練習を邪魔しているのだ。
 いい頃合いに止めたと思う。
 「そうじゃないよ、私は楽しかった。音無は楽しかったか? 気持ちよかったか?」
 当たり前だ。この興奮を毎回味わっているのかと思うと、ものすごく彼女達がうらやましくなった。
 「だったら止めといて正解だったな」
 岩沢が肩にタオルをかけて、ビニール袋からペットボトルを一本取り出して勢いよく飲み始めた。
 「……どういうことだ?」
 「このままやってたら、あんたが消えちゃってたってことだよ」
 ひさ子がギターを構えたまま、俺の頭にタオルをかぶせた。
 気がついたら、俺はものすごく汗をかいていた。
 頬から伝った汗は顎から垂れて、背中はワイシャツが張りつくほどにびっしょりだ。
 頭から垂れるタオルで顔の汗を拭った。
 「ゆりから聞かなかった? この世界では満足をすると消えちゃうってこと」
 ペットボトルの水を半分ほど飲み干した岩沢が、息を整えながら言う。
 「いや、知らなかった……こういうのでも満足したら消えちまうのか?」
 「ああ、今後は気をつけなよ。どんなやつにでも、感化されると最高の快感を与えてくれる……それが音楽の魔力だ」
 俺を指さして高らかに言い放った。
 ちょっとかっこいいと思ってしまう。
 「……私も昔、音楽に助けられたから……」
 背中を向けてそうつぶやいた。いつもは大きく見えた岩沢の背中も、今はなぜか小さく見えて、悲壮感を漂わせていた。

 「……ロン、12000点」
 「音無先輩、また直撃」
 「えーと、これで音無先輩の持ち点は……」
 「もうハコだよ。これがいつもの賭け麻雀じゃなくてよかったな、音無くん。もう一回やる?」
 あの後、岩沢が一人で曲作りを始めたので俺はガルデモメンバー三人に混じって麻雀をやることになった。
 しかし完璧にはめられた。いや、ハコられた。
 「もう麻雀は止めようぜ。勝てる気がしねぇ」
 俺は手牌を表向きに返した。
 「へぇ、奇麗な手を張ってたじゃねぇか。うまくいけば倍満だったな。あぶなかったわー」
 全然そんな風には見えない。むしろひさ子から狙い撃ちされまくって、俺は一回も上がれていない。
 「でも音無先輩って麻雀できたんですね」
 牌を片付けながら入江が尋ねる。
 「いや、今回はなんとなくやってみただけだよ。なんせ俺には生前の記憶がないからな……麻雀ができたかどうかもわからねぇ」
 「そっか、最近入った新入りの記憶無しってあんただったのか」
 ずばり、というようにひさ子が俺を指さした。
 なぜかは知らないけど、どうやら俺はちょっとした有名人らしい。
 次は何でヒマをつぶそうか相談していると、背後から岩沢の歌が聞こえてきた。
 アコースティックギターに乗せて、弾き語りを始める。
 いつしか、俺を含めて四人とも岩沢の歌に聴き入っていた。
 さっき演奏していた曲とは違い、心に響くようなメロディ。
 透き通った声が高らかに響き渡った。
 最後にコードを一つなで下ろして、曲が終わった。
 「……どうかな?」
 岩沢が安らかな声で尋ねる。
 「バラードか……いいと思うよ。今までのガルデモの曲とは正反対だけどな」
 ひさ子の好評に続いて、関根と入江もいい歌だと言う。
 ただ俺は……、
 「……すごく、悲しい歌だな」
 曲調が靜かだからというわけじゃない。岩沢がこの曲を歌う時の声から悲しみが感じられた。
 「でも、時には悲しくても、時には強さを感じられた。これは何を歌った曲なんだ?」
 返答はすぐに返ってはこない。少しの間を置いて、岩沢が静かに口を開いた。
 「……私の生き様を歌った曲だよ」
 それだけ言って、彼女はアコースティックギターをケースにしまった。
 その後、再び三曲ほどバンドメンバーで演奏したのち、解散となった。
 俺は終始、彼女のバラードが頭から離れなかった。



 あたりはすっかり暗くなっており、生徒達が夕飯を取る食堂でさえ明かりが消えて静まりかえっている。
 他のメンバーと別れて俺と岩沢だけとなり、二人で学生寮へ歩き出した。
 穏やかな風が吹き抜けて、時折岩沢の肩にかかった髪が小さく揺れる。
 目が合わないように彼女の顔を見るが、やはりいつもとは違う暗い顔をしている。
 先ほど見せたもの悲しい顔を思い出すと、どう接していいものか困る。
 岩沢の方も同じなんだろうか。俺がそういう雰囲気を作り出しているから……。
 何も話題を切り出せないまま、岩沢と肩を並べて歩いている。
 「……あのさ、」
 「な、なんだよ」
 先に切り出したのは岩沢だ。
 「ずっと、あんたに言いたいことがあったんだ……」
 岩沢は背中を向けたままだ。
 「どうしたんだよ、あらたまって」
 やはりさっきのことだろうか。
 彼女にも陰惨な人生があって、理不尽なその運命を恨んでいるのだろうか……。
 教えてくれと哀願する気はないが、語ってくれるというのなら彼女の抱えているものを是非知りたいと思う。彼女のためになにかできることがあるのなら是非力になりたい。
 俺はいつのまにか、岩沢に特別な感情を抱くようになっていた。
 それが恋愛的な好きなのかどうかは分からないけど……ゆりや天使、日向達とは違うなにかを俺は彼女から感じていた。
 岩沢が振り返って、口を開いた。
 「音無……あんた、さっきからズボンのチャックが飽きっぱなしだぞ」
 「え、マジっ!?」
 慌てて確認する。それと同時に後頭部を空のペットボトルで叩かれた。
 「ばーかっ」
 岩沢が芝生の上を駆け抜けて行く。
 俺は再度確認してみたが、ズボンのチャックはちゃんと閉まっていた。
 「お前なぁ……待てよ、このっ」
 岩沢の後を追って俺も芝生の上を走った。
 十数メートルほど先ですぐに捕まえる。岩沢の腕をつかむと、俺を引き寄せるようにして胸の中に飛び込んできた。
 「なぁ、音無……」
 「今度はなんだよ」
 もう何を言われようと騙される気はない。
 「今晩さ、ルームメイトがいなくて私一人なんだ。その……あんたがいてくれると非常に助かる」
 「な、なに言ってんだ。もう騙されねぇぞ。そもそもお前の部屋って女子寮なんだから俺が行けるわけないじゃないか……」
 「私が冗談でこういうことを言うと思うか……? 少しは女心を分かってくれ」
 そういわれると何も否定できない。
 このまま流れに任せて岩沢の部屋にお邪魔するか、それともここは一線を引いてきっぱり断っておくべきか。
 断る?今の岩沢を一人にしてか……?俺にそんなことができるのか?
 だがもし女子寮に潜入しているのが他の生徒にばれたら、明日から人前に顔を出すことができなくなる。
 それでも日向、お前だけは分かってくれるよな……。もしお前がこの状況にいたら、お前は迷わず岩沢について行くんだろうな。
 後の事なんて、どうにでもなれだ。
 「分かった、岩沢の部屋に行くよ。もうお前を寂しがらせたりはしない」
 岩沢の目を見て、強く言い聞かせた。
 「ありがとな、音無。だけど私の部屋に来るなら……先に後ろのゆりをどうにかしろよ」
 え……。
 恐る恐る背後を振り返る。
 そこにはまがまがしいオーラをまとったゆりと、ご愁傷様と言わんばかりに手を合わせている日向の姿が。
 「へぇー……、音無くんって根はマジメだと思ってたのに、とんだ変態さんだったのね……見損なったわ」
 「ち、違うんだゆりっ! これは岩沢にハメられて……」
 「なんだ、さっきの言葉は嘘だったの?」
 「うっ……!」
 否定できない。それを否定してしまったら俺の自尊心は取り損ねたジェンガのごとく崩れていってしまう。
 「ちょっとこっちへ来なさい。みっちり教育してあげるわ」
 ゆりに首根っこを捕まれて引きずられていく。そんな俺を見て岩沢は、
 「じゃあな、音無っ」
 満面の笑みで去っていった。
 「まったく、いつから音無くんはアホに成り下がっちゃったのかしら」
 「でもよ、音無。俺はお前を尊敬してるよ。あそこで彼女のためについていくなんて普通じゃできないぜ? お前男だよ」
 ああ、お前を信じてよかったよ。だけど岩沢は彼女じゃねぇ。
 「そーいうあんたと一緒にいるから音無くんがアホになったんでしょうがっ!」
 ゆりが日向にローキックをお見舞いした。
 「いってぇなあっ! 蹴るこた無いだろっ?」
 「ふんっ、日向くんも一緒に教育しなおしてあげようかしら」
 「それは止めてくれ……お前の教育を受けたヤツは、決まって精神に異常をきたして人格が変わってしまうと戦線内で有名なんだよ」
 「そんな拷問しないわよっ!」
 ゆりと日向の夫婦漫才を聞きながら、引きずられていく。
 ああ……俺は今日、生きて帰れるのだろうか……。


 第二話へ続く。





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